お花シリーズ - すすき6

「彩ちゃん? どうしたの?」

 突然、先輩の顔がアップで視界に入ってきて、僕はびっくりして固まった。

「……え?」

 ようやく出た言葉とも言えないような声に、先輩……会計の立未先輩は苦笑して僕の手元を指差した。

「手が止まってる」

「あ、す、すみませんっ」

 指摘されて、僕は慌てて作業を開始する。

 生徒会の雑用らしい、表の数字を計算機に入力するだけの単純作業の仕事。

 一年生の僕は、笠寺先生にくっついているうちに先生が顧問をしている生徒会室に入り浸るようになった。

 そこで役員の先輩たちに見初められ、結局雑務係に任命されてしまったのだ。毎年一年生がやる仕事らしいけど、コレをやった生徒は来年必ず生徒会役員に任命される……らしい。

 今年は、僕と、クラスメイトの真弥と、今は席を外している彼の保護者(?)の五十鈴君が雑務係にされている。

 そして放課後、みんな殆どの場合こうして生徒会室に集まっていた。

「あーや。気分が悪いなら帰っていいぞ?」

  二行も入力しないうちに、また手が止まってしまった僕は、革張りの肘掛け椅子に座って漫画を読んでいた生徒会長の昴先輩にまで心配されてしまった。

 明るくて物事を前向きに取ることで有名な会長に心配されるなんて、よっぽど酷い顔をしてるのかもしれない。

 僕は、慌てて首を左右に振って、無理矢理笑顔をつくる。ちょこっと引き攣ったこと、きっと聡い先輩たちには気付かれているだろうけど。

「大丈夫です。心配かけてごめんなさい」

「コイツ、昼からずっとこんなんなんですよ。声掛けてもぼーっとしてるの」

「真弥っ」

 隣で同じように計算していた真弥が言う。

 確かに、今日はぼーっとしていた自覚があるけれど……。

 真弥は親切のつもりなんだろうけど、僕は先輩たちを余計心配させてしまうんじゃないかと焦った。

「昼から? 何かあったのか?」

 歴代の会議記録を見ていた副会長の聖先輩が眉を顰める。

 美人は何しても美人だなぁ……じゃなくて。

「いえ、大したことじゃないんで……」

 僕はもう一度、笑って首を振った。

 だけど、先輩たちはみんな手を止めて、僕をじっと見てきて……正直、居た堪れない。

「彩ちゃん、良ければ教えて? もしかしたら役に立たないかもしれないけど……話すと楽になるんじゃないかな?

 ……笠寺先生がらみでしょ」

 立未先輩の言葉に、ドキリとして僕は先輩の顔を凝視してしまった。

 そんな僕の耳に、昴先輩の笑い声が届く。

「あったりーって顔だな。司っち、今日の授業、どっか上の空だったもんなー」

「元気なかったよね」

「HRの連絡忘れも多かった」

 笠寺先生に国語を教えてもらっている昴先輩の言葉に同じクラスの立未先輩が頷き、笠寺先生が担任をしている聖先輩がさらに付け加えてくれる。

 思いもよらなかった先生の状況報告に、僕は愕然として言葉が出なくなる。

 先生、どうしちゃったんだろう……?

「ね、彩ちゃん。何があったか教えて? このまま先生に呆然とされてちゃ、僕達も困るからさ」

 真剣な、立未先輩の顔。

 僕はちょっと悩んで……結局、相談することにした。


  
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