お花シリーズ - 椿5
人気のない廊下を歩くと、不安と期待にドキドキしてしまう。
お化け屋敷、といったら良いだろうか。
滅多に来ない場所、事務員さんに対する些細な嘘、そして、これから恋人と会うこと。
全てが奇妙な興奮となって彩の心拍を上げた。
目的の場所。
『国語科』と書かれた部屋の扉を前に、上着のポケットに隠した物を確かめるように握る。
そして、決心したように顔を上げた。
「……どうぞ」
扉をノックすると、聞き慣れた、静かな低い声が返る。
妙に冷たく感じるドアノブを回し、閉ざされた金属製の扉を静かに開けた。
「扉を締めたら、鍵を掛けてくれ」
「はい」
言われるままに、彩は足早に部屋に入ると扉を閉め、しっかりと鍵をかける。
そして改めて振り返ると、そこに司だけが立っていることを確認し、ほっと肩の力を抜いた。
「緊張したか?」
笑いながら両腕を広げるその胸に飛び込みながら、彩は興奮に染まった赤い頬を緩ませ、頷く。
「ドキドキしました。隣の部屋とか、電気ついてましたから」
誰かに会うんじゃないかと、緊張し続けていた。と報告する彩に、司は軽く声を上げて笑う。
「ここは一応防音になってるから、よっぽど大声出さない限り中で何やってるか気付かれないぞ」
意味深に、わざと声のトーンを落として耳元で囁くイケナイ教師に、純情な生徒は今度は羞恥に頬を染めて肩を竦める。
抱き締められた腕の中で身を捩るが、逃げるどころかさらにしっかりと抱き込まれて、逃げ場を完全に失ってしまう。
「せんせ……」
困惑と羞恥に潤んだ瞳で見上げれば、顔だけを優しい笑みで彩り、反面、獰猛な欲望を隠しもしない瞳がじっと見つめ返してきて、さらに彩を言いようのない興奮と羞恥へと追い詰めた。
「彩、いいか?」
「で、でも……こんなとこで……」
とはいうものの、ここに呼ばれた理由を理解していないわけではない。
だから。
「彩を、食べたい」
サラリと軽やかに、しかし明確な意図を持って背を撫でられ、耳朶を口に含まれ甘咬みされて。
「……んっ……」
経験の少ないか弱い羊は、その誘惑に陥落するより他はなかった。
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