お花シリーズ - 雪の花2
聞きなれない、でも、しっかりと記憶に残っている着信音。
誰からか、直ぐにわかる。
今は遠い大学に通い、下宿暮らしをしている可愛い恋人の曇った顔が脳裏を掠める。
殆ど反射的に電話を握り、表示も確認せずに通話ボタンを押す。
妹の目を避けるように簡単に場所を移動すると、伺うように問いかけた。
「どうした?」
心配したような声になるのは、滅多に電話をかけてこない、心から大切にしている相手だからだ。
メールはともかく、電話してきたことは今までに一度も、ない。
“……なんで第一声が『どうした』なんですか、先生?”
しかし、こちらの心配をよそに、相手は明るい苦笑いを含んだ声で問いかけに返してきた。それだけで、司の肩がホッと降りる。
「いや、お前からかけてくるなんて珍しいと思ったんだ」
正直に答えると、電話の向こうでクスクスと笑い声が聞こえる。
後ろに聞こえる雑音は、彼が今外に出ていることを表しているのだろう。
「それで、何があったんだ?」
“今、新幹線の駅にいるんですけど……電車止まっちゃって。
それで、本当は明日帰る予定で、えっと、お父さん達には明日帰るって言ってあって……あぁ、もうっ。何言ってるんだろ、僕”
電話の向こうで混乱しているのが、手に取るようにわかる。
本当に告げたい事も。ただ、恥かしくて上手く言葉にできないのだろう。
そんな、昔と変わりない様子に笑みさえ浮かんでしまう。
「いいから。落ち着いて話せ、彩」
“うん。……えっと…………先生に、会いたい”
「先生?」
昔馴染みの呼び方をされ、ついつい問い返してしまう。
もう、先生と生徒は卒業したのだ。堂々と名前で呼んで欲しいと思うのは、罪ではないだろう。
それは向こうにも伝わったようで、数秒の沈黙の後、返答が返る。
“……意地悪。司さんに、会いたい”
「わかった。直ぐ行く。
一時間ぐらいかかるから、喫茶店でも入ってろ。着いたら連絡する」
“ありがとう”
「気にするな」
そうして、司は要件を済ませた電話を切る。
すぐさま自室に引き返すと、とっておきの服に着替え簡単に髪をセットして、駆ける様にリビングへ戻る。
車のキーを手にするとキッチンで掃除をしていた妹を覗いた。
「出かけてくる。夜は帰らないからな」
「えぇ!? ちょっと、掃除は!!?」
「明日の昼には戻る。それからやるよ」
「ちょっと、お兄ちゃん!!?」
喚き声が聞こえても、気にしない。
車のタイヤはスタッドレスで、直ぐにでも出発できる。
妹の会話に乗せられるように買ってしまい、その値段に驚愕して半分後悔していたが、今はその時の自分を褒めてやりたいと心の底から思う。
司は、エンジンをかけて、浮かれる気持ちのままに勢いよく車のアクセルを踏み込んだ。
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