お花シリーズ - 雪の花3

 気分は、まるで初めてのデートに浮かれるティーンエイジャー。

 ラジオから流れる90年代の洋楽に合わせて鼻歌なんぞ歌い、雪のせいで起こる大渋滞を避けて、滑るように細い裏路地を走り抜ける。

 心は、自分を待つ恋人の元へ、だ。

「って、三十路過ぎたいい大人が、何浮かれてるんだよ」

 ハッとして思わす呟くが、電話をかけてきた彩の様子を思い浮かべると再び笑みが零れてしまう。

 きっと、今日突然、司を訪ねて驚かせるつもりだったのだろう。

 一度家に帰れば、過保護な家族に囲まれて、きっと年が明けるまで会うことはでき無い。思慮深く家族思いな彩は、家族に嫌われるのが怖くて未だカミングアウトしていないのだ。

 恋人がいることすら、言っていないに違いない。

 一際込み合う大通りをゆっくりと進んで、とりあえず道路駐車して。電話をすると、2コール目で反応があった。

“先生? 凄く早かったですね”

 相変わらず抜けない呼び方に苦笑しながら、司は受話器を握りなおす。

「飛ばして来たんだよ。お前、今どこにいる?」

“駅裏の喫茶店です。今出ました。……先生はどこですか?”

「俺は駅の表に路駐してる」

 司が答えるや否や、直ぐに聞こえる駅構内のざわめき。移動を始めたのだ。

“直ぐ行くんで、待って……うわっすいませんっ”

「慌てなくていいから。人にぶつからないようにな」

“あはは。今ぶつかりました”

 息の上がった返答。何故か、お互いに切れずにいる電話。

 司は、エンジンを停止すると自分も外へ出て、構内へ向かいだす。

“あ、先生発見!”

 嬉しそうな声と共に電話が切られ、司も同じように電話を切った。

 駆け寄ってきた青年……彩は、半年前より幾分背が伸び、ホンの少しだけ大人びた(それでもようやく高校生だ)風情を見せている。

 向けてくれる極上の笑顔が嬉しくて、司も笑顔を見せると小さな旅行鞄を受け取った。

「少ないな」

「帰省ですもん。お土産ばっかりです。先生のもありますよ」

「先生?」

「……司さんのっ。もう、癖になっちゃってるんですっ」

 真っ赤になって反論する愛しい恋人に、イイ年の大人は愉快そうに笑い声をあげるだけだ。

「ほら、乗れ」

「はーい。わぁっ……あったかーい」

 ずっとエアコンを付けっぱなしだった車内は快適な温度に保たれていて、外の、身を刺すような寒さに晒された体には少々暑いくらいだ。

 これで暫くすれば、ホッと一息つけるだろう。

 助手席に彩が、運転席に司が座ると、二人は改めて微笑みあう。

「おかえり、彩」

「ただいま、司さん」

 車外には人が行き交い、流石にキスするわけにはいかないが、それでもこうしてお互い顔を見合わせると甘い甘い笑みが零れてしまう。

「では、どこに向かいましょうか?」

 おどけて司が問うと、僅かな沈黙が車内に下りる。

「……司さん、の、家?」

「……俺の家は今大掃除中で、とてもじゃないけど人を招待できるような状態じゃないんだ」

「……でも、今日は帰りたくない……」


  
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