lucis lacrima - 1-3
「この後、どうするの?
訓練場に行く?」
「いや。ハクビに呼ばれてる」
クロエはたった一人の肉親であり、大切な双子の片割れの名前を出す。すると、目の前の部下は眉を寄せて首を振った。
「神宮か……あそこはどうも肩が凝って苦手だな」
「気持ちは判らなくもない。
俺も、ハクビが居なければ、足を運ぼうとは思わない」
真っ白な壁、傲慢な……良く言えば自分の立場に誇りを持った人間達の集まる宮殿。それらを思い出し、クロエも苦い笑いを浮かべる。
国の中枢機関ともいえる、政治的にも大きな権力を持つ神官と呼ばれる職業のものが集まる『神聖な』場所。7年程前までは、クロエもそこで暮らしていたのだが、当時も、周囲の人間があまり好きにはなれなかった。
若くして神官となった片割れは、慣れだと言って笑っていたけれど。
「ご馳走さま」
食事を終えたクロエが席を立つのに合わせて、ルグスも席を立つ。
もともと朝は摂らない主義だと言っていた彼のことだ。ただ単に隊長の今日の予定だけを聞きに、此処まで来たのだろう。
「僕は訓練場に居るよ」
「わかった」
半歩後ろを歩く部下の言葉に、クロエは頷く。
食堂を出る所で、大柄な人影と鉢合わせし、道を開ける。
視線を上げて目に入ったのは、よく見知った男だった。
自ら先陣切って戦う事で有名な、傭兵上がりの隊長。
炎のように鮮やかで豊かな赤い髪を翻し勇猛に戦う姿は、見るものを惹き付けて止まないという。その上、戦場以外では年に似合わず無口で威圧感がある。
そのギャップにまた、荒れくればかりの兵士たちを心酔させて隊を統率しているとクロエは聞いていた。
そんな男の貫禄ある、戦いの中で研ぎ澄まされた鋭い視線。
それが心なしか慈しむような……同情するような色を含んで、まだ若い隊長を見下ろしてきた。
「…………」
それに目を塞ぎ、クロエは目深にフードを被ったまま、ただ静かに会釈を返す。
男も特に何かいうことは無く、そのまま食堂へと入っていった。
「はー。シラナギ隊長は、生で見るとやっぱり貫禄あるねぇ」
感嘆の溜息を漏らすルグスの様子に、クロエはいつの間にか肩に入れていた力を抜く。そして、揶揄を含んだ小さな笑みを浮かべた。
「お前でも緊張する事があるのか」
「失礼な。僕だって人並みに緊張する事はあるよ」
「人並み、ねぇ」
どう考えても、緊張とは無縁の人間のような気がするが。
思いつつも、それ以上クロエは言及しなかった。
そして、部下の振る他愛無い話に軽く返答を返しながら、目的地へと足を向けたのだった。
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