lucis lacrima - 10-1

 鼻先を撫でると、栗毛色の鬣を揺らして馬が喜ぶ。

 10日も一緒にいるとすっかり慣れて、随分と愛着が湧いてしまった。

 この馬の大きな体は、大人二人を乗せても悠々と走れる程逞しく、毛並みも素晴らしかった。

「ホントに立派だな」

 出会ってから何度口にしたかわからない賛辞に、鼻を鳴らして喜ばれて思わず笑ってしまう。

「クロエ」

 馬と戯れていた青年は、小屋の出入り口から聞こえた声に振り返った。

 そして、赤い髪を無造作に下ろした、無愛想な大柄の男を認識して、笑顔を見せる。

「シラナギ」

 男の名を呼びながら、彼は笑顔で駆け寄った。

 揺れる黒髪が、小屋の隙間から差込む太陽の光に反射してきらめく。

 その体は、昔のような暗いローブではなく、旅用の淡い色のコートに包まれ、フードも今はその役目を為していなかった。

 青年が男と並ぶと、その華奢さが際立つ。だが、彼は気にすることなく、笑って男を見上げた。

「値が付いた?」

「あぁ」

「そっか」

 振り返ると、何となく寂しげな馬の姿が目に入る。どんなに気に入っていても、維持できないものは仕方がない。

 青年は、馬に向けて手を軽く振った。

「またな。良い飼い主が見付かると良いな」

 別れの挨拶に、馬は一度だけ嘶いて、大人しく彼らが出て行くのを見送った。


  
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