lucis lacrima - 2-1

 白亜の壁ではなく、くすんだ灰色の壁が視界に広がる官舎。見慣れた、その飾らない雰囲気に、クロエは思わず安堵の溜息を漏らす。

 やはり、自分のいるべき場所は神宮ではないのだ。

「お帰り、隊長」

 片割れのいる神宮を後にしたクロエが、軍の官舎の入り口を潜る。

 するとすぐに、ルグスが寄ってきた。多分、待ち伏せしていたのだろう。そんなタイミングだ。

 しかし、いつも元気のよい緑の瞳が今はどこか陰りを帯びていて……あまり良い話を持ってきた様子ではない。

 というより、その顔を見ただけで、クロエには彼の持ってきた『連絡』がどんなものであるか、想像がついてしまう。

 そして、それに対しあまり嫌悪を覚えない自分に、言い様の無い憐れみとこみ上げる奇妙な愉快さを覚える。

「判った」

「まだ何も言ってないんだけど」

「『召集』、だろう?」

「…………」

 歯切れの悪い沈黙が答えだ。

 クロエは視線を逸らしたルグスの、自分のものよりやや高い位置にある肩をポンポンと叩き、朗らかに笑った。

「俺は大丈夫。それより、嫌な知らせを持って来させてごめん」

「僕は構わないけど……無理はしないでよ?」

 それは無理な話だ、という台詞は、笑顔で飲み込んだ。

 言わなくとも、お互い判っていることだから。

「身体、鈍らせないように、ちゃんと鍛えておけよ」

 代わりに、口から出たのは自分でも珍しいと思う、軽口。

 そうでもしないと、これから自分の身に降りかかる苦行に、心が折れてしまいそうだった。

「ちゃんとやってるよ」

 ルグスは彼に合わせるように、口端を上げて返してくれる。

 それは何より、と内心の安堵を隠して笑うと、クロエは真っ黒なフードを被りなおし、足を踏み出す。

 向かうは、地下にある『会議室』だ。

「……気をつけて」

 背中に掛けられる心の底から心配する暖かい言葉に、若い隊長はフードの中で小さな笑みを返した。


  
 戻る