lucis lacrima - 2-2
一目に付きにくいよう閉ざされた扉の向こうにある階段を下りた先。光の射さない地下室は、嘗て捕虜や軍規を犯したものを閉じ込めるための独房だった。
今では殆ど使われない其処は、一部の軍隊長達だけが使用する、特別な『会議室』になっている。
階段の扉を潜ったところで、クロエは足を止めた。
目の前を塞ぐ、自分よりはるかに大柄な男……朝出会ったきりの前衛隊長。
濃い色の瞳に悲痛な色を浮かべる彼は若い隊長から視線を外すと、無言のまま重い扉をしっかりと閉ざした。
「お待たせ……シラナギ」
「…………」
足元に置かれた手持ち式のランプだけが周囲を照らす暗闇の中。返事の代わりにそっと頬に宛がわれる指は、大きくて、節くれ立っていて、でもサラリと乾いて暖かい。
剣を握り、無数の命を切ってきた手。
怖くは無い。寧ろ、この手に触れられるのは好きだと思う。
けれど、目の前の男の自分を見る眼差しは嫌いだ。
哀れむような、気遣うような、彼自身の無力を嘆くような。優しさと痛ましさの悔しさと色々なものがない交ぜになった瞳。
手を伸ばせば、望みさえすれば、彼はきっとクロエに自由をくれるのだろう。
けれど、手を伸ばしても、望んでも、彼はきっとクロエの本当に欲しいものは絶対にくれないだろうと思う。
そんな、期待と絶望を同時に抱かせる瞳。
クロエはそんな大嫌いな瞳を見ないように、俯き加減に瞼を伏せた。
頬に伸びていた手がフードを外し、黒い柔らかな髪を掻き上げて、瞼を布で覆う。見た目に反して繊細で丁寧な指先が後頭部に布の結び目を作った。
抵抗なんて、無意味なことはしない。そんなことをしたところで事態を悪化させるだけだと、この6年近くで身体に覚えこまされた。
そうして視界が完全に覆われると、暗い視界にホッとしたのも束の間、今度は衣服を脱がされる。
ローブも、上着も、下着さえ。その全てを奪われ、完全に身体一つにさせられる。
不意に笑いがこみ上げてきて、衝動のままに声無く小さな笑みを浮かべた。
「……?」
それに気付いたのか、一瞬だけ、男の手の動きが止まる。
直ぐに動きを再開した手が、それでも何処か問いかけるようで、クロエは囁くような呟きを零した。
「……随分、慣れたなと思って」
「……5年も続ければな」
静かな声。昔も今も、この行為が不本意なのは変わっていないのだろう。
そんな不機嫌さがにじみ出る声だった。
「6年だよ」
訂正すれば、そうか、と一言だけ返る。細かい年数など問題じゃない、という感じで。
当時も今も、クロエを除けばこの男が『隊長』という職位の中では最若年だ。だから、こうして下準備をさせられている。
本人の望む望まないに関わらず。
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