lucis lacrima - 2-5
足音が完全に消えて間もなく、最後まで残っていた一人の気配が近づいてきて、クロエの錠を一つ一つ外していった。
擦り切れた傷に触れないように。これ以上、痛い思いをさせないように。
優しく、丁寧に。
「、や……も……」
そんなものは、どうでも良かった。どうでもいいから、とにかくこの熱を早く沈めて欲しかった。
自由になった手で男の足に縋りつき、解放を請う。自分でどうにかするという思考は、既に無い。
そんな哀れな獣をどう思ったのか。人影は錠を外した時と同じように、優しい手つきでクロエの視界を奪う布に触れる。
しかし、彼は首を振って激しくそれを拒んだ。
何も見えなくて良い。何も知りたくない。ただ、早くこの熱い欲望に溺れさせて壊して欲しかった。
布を外すのを諦めた手が、細い身体を背後から抱えるようにして抱き上げる。優しくあやす様に頭部に触れる唇とは裏腹に、グズグズに溶けた入り口へ一気に猛った欲望を突き入れられた。
「……ひぃ、ぁ……ッ」
背を仰け反らせ、クロエは歓喜の声を上げる。
己の体重で沈む身体は、入れられるだけとは違う。深い場所まで男を飲み込み、内壁を擦る。
暖かい腕に強く抱きしめられ激しく突き上げられて、何処にそんな力が残っていたのかと言うほどあられもない声を上げた。
「や、あぁっ……ん、はッ……アァッ……」
気持ちが良かった。
痛み、ではない。ただ、気持ちが良かった。
気が狂いそうなほど。
何かが弾けて自分が粉々になってしまいそうなほど、与えられた楔から注がれる快楽に酔った。
「いかせ、て……おねが、イかせ……ッ!!」
自分を抱く腕に爪を立て、何度も懇願する。
それしか言葉を覚えていないかのように、何度も、何度も。
「……イか、せて……」
やがて中心の戒めに伸びる手。
念願のそれが解かれると、クロエは声にならない悲鳴と共に激しく欲を吐いた。大きく痙攣を繰り返し、長い長い絶頂を迎える。
漸く波が静まる頃には、完全に動かなくなる身体。それが、力を失い背に当たる逞しい胸板をズルズルと滑り、崩れ落ちていく。
同時に、瞳を覆っていた布も解け、音もなく床に落ちた。
朦朧とした意識で、虚ろな目が自分を解放した男を見上げ、映す。
薄明かりの中、目に入るのは、鮮やかな、赤い色。血のように、赤い、赤い、綺麗な、緩やかな線を描く長い髪。
「クロエ」
そして、優しい、優しい瞳。自分を映す、闇色の優しい瞳。
「……ころし、て……」
男の膝を枕に、殆ど床に寝そべりながらクロエは願う。
血のような赤に、闇のような黒に。
死神のような、その男に。
手を伸ばし、無意識に請う。
終わらせて欲しいと。
涙を零して、切実に求める。
暖かい温もりに手を包まれ、クロエは自身の望んだ、しかし本当に望んだものとは異なる闇に意識を沈めた。
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