lucis lacrima - 3-11

「それで、お前は俺を解雇しなかったのか」

 漸く発したフェイの言葉は、酷く穏やかで理性的だった。少なくとも、先程のような殺気は消えていた。

 それに吊られるように肩の力を抜いたハクビは、口端を上げてフェイを見る。

「その方が、お前にとっても良かっただろう?」

 見上げられた男は眉を寄せた。意味が分からずに。

 そんな彼を面白がるように、ハクビは説明を続ける。

「神宮の護衛は傭兵も多いが、採用されるには、かなり厳しい身辺調査が行われているはずだ。

 皆、身元がはっきりするか、余程上位の人間の手引きが無ければ神宮には入れない」

 そして漸く、ハクビの言わん事を理解し、フェイは更に眉を寄せて険しい表情を作った。

 それを己の予想の肯定と見て、若い神官は言葉を続ける。

「つまり、お前のように復讐を考えている可能性の有る男が、簡単に採用される場所じゃないんだよ。誰かが手引きした可能性が高い。しかも、組織的に」

 多分、個人ではなく、かなり纏まった大きな組織だ。反乱軍のような。

「……そんな奴と知っていて尚、お前は俺を護衛につけるのか。バレたらヤバイだろ。
 それとも、黒幕を探すつもりか」

 己の言葉に否定しない、寧ろ肯定するような護衛の言葉に、ハクビはあっさりと首を振った。

「興味ないよ。黒幕なんて。俺は、クロエさえ守れればそれでいい」

「神宮どころか、国がなくなるかも知れんぞ」

 心の底から言っている様な言葉に、フェイは脅すように言葉を続ける。それでも、ハクビは笑みすら浮かべて頷いた。

「構わないよ。その方が都合がいい」

「……何?」

「そうすれば、俺達は解放される。この檻から。

 クロエと二人、何処か人里離れて、二人だけで穏やかに暮らすんだ。誰にも邪魔されないように、静かに」

 何処か遠くを見るような、夢見るような眼差しを向けるハクビの言葉に背筋に薄ら寒いものを感じつつ、フェイは溜息を吐いて掴んだままだった手を解放した。

 赤くなった手首を擦りながら、ハクビはその場に立ち尽くす。

 それを冷めた眼差しで見下ろしながら、彼より少し長く生きている男は小さく呟きを漏らす。

「夢物語だな。その前に、俺がクロエを殺すだろうよ」

「それなら、それでいい。クロエだけを逝かせたりはしない」

「本気、か」

 覚悟を秘めた黒い瞳をじっと見つめた後、呟くように漏らされた言葉に、ハクビはふんわりとした穏やかな笑顔で肯定する。

 それに対し、とうとうフェイは降参するように重い溜息を吐いて両手を挙げた。

「分かったよ。当分はお前の護衛として傍に居る。アイツも、俺の村を潰して後悔してるみたいだし、当分はそれで納得しておく」

「ありがとう」

「……ただし、当分、だ。いずれは狙わせてもらうからな。……国と一緒に」

「好きにすればいいよ。クロエのほうは全力で阻止するから」

 あくまで片割れに拘る若い神官に、フェイは呆れの滲む挑発的な笑みを返して定位置となりつつあるソファに、荒っぽい動作で腰を落ち着けたのだった。


  
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