lucis lacrima - 3-3
深夜。寝静まる世界に抗わず、部屋の主は眠りにつく。煌々と灯りの付いた寝室で。
しかし、寝台に横たわるその横顔はあまり穏やかなものではなく、時折苦しげに眉を寄せ、疲労に満ちた呼吸を漏らしている。
そんな彼を優しく撫でるように、不意に部屋に外気が抜けた。
爽やかなそれと共に、物音を立てずに入ってきたのは一つの人影。それは、煌々と灯りの灯る部屋に一瞬躊躇したが、結局、ゆっくりと足を部屋に踏み入れた。
そうして寝台の傍らに立つと、そこに横たわる主の頭上高く腕を翳す。
手の先にある小ぶりの剣が、部屋の光を反射して鈍く銀色に光る。
一瞬の間の後、腕が振り下ろされた。
「……ッ!」
風を切って舞い上がるシーツ。金属のぶつかる耳障りな甲高い音。
人影が振り下ろした剣は、予想外にぶつかって来た武器と舞い上がるシーツによって目標を見失った。それでも、人影の剣が床に落ちなかったのは、それがそうした攻防に慣れていることを表していると言える。
「……そう簡単にはいかねーな」
苦笑を含んだ声。聞きなれているわけではないが、それでも今日……否、昨日、散々聞いた声だ。
灯りに照らされた人影の姿を認識して、部屋の主……ハクビは、寝台に膝を着いて剣を構えた臨戦態勢を取ったまま、微笑さえ浮かべて答えた。
「それなりには、訓練を受けてるんでね。伊達に長い間、護衛をつけずに居たわけじゃない」
「驚かないんだな」
夜襲をかけた護衛は、訝しげな声で呟く。反して、返る声は穏やかで楽しげだ。
「驚いてないわけじゃないよ。予想の範囲内だっただけで」
「なるほど。人嫌いの為せる業か」
「……何か酷い言い草、それ」
不貞腐れた声に相手を小馬鹿にしたような笑みを浮かべつつ、フェイは剣を構えなおす。
ハクビはそんな男に、単刀直入に尋ねる。
「なんで、俺を襲った?」
「なんでって……」
問われた側は、眉を寄せる。彼の言葉が信じられない、というように。その言葉の裏にある真意を、見抜こうとして。
そこで漸く、彼は向かい合う相手の異常に気付いた。
灯りに照らされる影が、かすかに震えている。良く見れば、ハクビの身体は小刻みに震え、額には冷や汗が浮かんでいる。
「……お前、」
言いかけた言葉は続かなかった。
ハクビは一瞬、眉をきつく寄せたかと思うと、力尽きたように前のめりに倒れこんだのだ。
寝台を軋ませ、小柄な身体が柔らかい布団に沈む。そしてそのまま、ぐったりとして、ぴくりとも動かない。
何が起こったのかわからず、呆然とその場に立ち尽くす侵入者を一人残し、部屋の主は深い闇の中に意識を沈めてしまったのだった。
← →
戻る