lucis lacrima - 3-4
身体が、熱っぽい。
無理して光の少ない闇の中で動いたから、身体が悲鳴をあげたんだろう。やはり、人工の明かりだけでは、力がたりない。
目を覚まさないと、殺される。けれど、身体は言う事をきかない。
忌々しい身体だ。こんなとき、クロエが居たらきっと直ぐに楽になれる。思う存分、動く事が出来るのに。
「……、」
額に、少し冷えた手が触れる。自分が知っている、生まれてからずっと傍にあったものとは違う、大きくて無骨な指を持つ手。
不思議に思って、無理矢理目を開けた。薄目を開けるのが精一杯だったけれど。
それだけで、相手はハクビが気付いた事を感じたらしい。
心地よかった手は、直ぐに離れてしまった。
「気付いたか」
「……なん、で」
掠れきった声だ。弱々しい、衰弱しきった病人のような声。
警戒しているのが分かったのだろうか、顔は見えないが、苦笑を含んだ優しく低い声が横になったハクビの頭上から降ってくる。
「安心しろ、今は何もしない。病人に手を出すほど、落ちぶれちゃいねーよ」
それは落ちぶれているとか言う問題じゃない、というのは心だけの突っ込みにしておいた。言葉に出すだけの体力があると思わなかったし、意味もあるように思わなかったから。
何より、それを口にして、無駄に殺されるのも馬鹿馬鹿しい。
「ころさ、ないのか……?」
寝台の端に腰掛けるフェイの重みを、傾きで感じながら、ハクビは何とか問いを言葉にした。
「……殺したいさ。だがな、今、お前を殺しても、俺は死んだ村の奴らに堂々と顔向けできねぇ」
「…………」
ハクビは言葉を発する代わりに、無理矢理顔を動かして自分の命を狙った男の顔を見た。
部屋中を照らす灯りに照らされた男の顔は酷く無表情で、だからこそ、その奥に灯る怒りの炎が鮮やかに見えた。
「復讐自体、褒められた事じゃないがな」
答えない青年に、フェイは寝台を見下ろす。そして、彼が起きている事を確認すると、その唇の端を上向きに歪ませた。
「お前に分かるか?大切なものを、一晩で、目の前で奪われる苦しみが。5年以上経っても尚、絶望と虚無に魘される俺の気持ちが」
「…………」
分かるわけがない。
「あの村には、家族が居たんだ。
ばあちゃんと、お袋と、妹と……生まれたばっかの甥もいた。女子供ばかりの、何の抵抗もできない小さな村だった」
ただ、尤も激しく抵抗している小国の、国境近くの村だった。
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