lucis lacrima - 3-5
まだ大陸の国が統一されていない頃。統一に賛同せず武力で抵抗する小国達に対する見せしめの為に、殲滅の対象になった村。
村が滅んだ後、小国の国民の怒りは半端なかった。しかし、王国の力に恐れをなして残っていた全ての国々は王国の前に降伏した。
たった一晩で、2つの村と1つの森が、生き物の住み着くことの出来ない闇の砂漠になったのだから。
半年以上闇が覆い隠したその場所は、闇が晴れるまで、足を踏み入れた人間は一人として戻ってこなかった。
闇が完全に晴れた今も、その場所は、植物の死に絶えた不毛の土地になっている。ただ、誰も住んでいない家々が空しく存在しているだけだ。
それまで、戦場でしか使われなかった闇の力が、対人間だけでなく、土地にまで影響させる事のできる大きなものなのだと見せ付けた出来事だった。
「お前は覚えていないだろうがな。
慈悲か何だか知らないが、逃がした一人の男のことなんざ」
「…………」
あぁ、そうか。
恨みの篭った殺気に満ち溢れた視線を受けながら、漸くハクビは気付いた。目の前の男が、大きな勘違いをしていることに。
ハクビに、闇を操る力はない。彼が持っているのは光を操り、人の力を増強させる力だけ。他の神官達と同じような、ただ他より少し効果の強い術を掛けられる力しか持っていない。
闇を操り、生きとし生ける物を全て闇と霧散させる力を持っているのは、王国では……否、世界でクロエただ一人だけだ。それゆえに、彼は悪魔の子として神宮を追い出されたのだから。
同時に、ハクビは、大切な片割れが大きな力を使って任務をこなした時を思い出した。
最初で最後、一晩で村を滅ぼすほどの大きな力を使った翌日。
いつものローブを纏いもせず、まるで廃人の様な無気力さでフラフラの身体を引き摺り、片割れの元を訪れた彼。しかし、ハクビが触れようとした瞬間、その手を大きく振り払った。そうして、怯えながら泣いた。
自分は穢れている、と。沢山の人を殺したのだと。
触れたら、ハクビまで汚してしまう、と。
その時、馬鹿馬鹿しい、と思ったのを覚えている。
沢山の人を殺したかもしれないが、それは任務だ。そんな事でいちいち泣いていたら、軍人なんて到底務まらないだろう。
反乱軍の鎮圧で、一体どれだけの人間を他の兵達は殺していると思っているのだ。彼らの人殺しの手伝いを、嬉々として行っている神官たちの方が、よほど穢れていると、ハクビは今でも思っている。
そして、クロエがとてつもなく綺麗で美しいと思った。弱くて、脆くて、愛しいと感じた。
包んでやりたい、と。
守りたい、と。
「殺せば、いい。今、ここで」
今までとは一変、はっきりした声を出して、ハクビは覚悟の篭った眼差しでフェイを見上げた。
未だに身体に力は入らず、抵抗など全く出来ないだろうが、別に構わなかった。
死にたいわけではない。だが、それでこの男が復讐の目的を果たしたと勘違いし、クロエに危害が加わらないのであれば、それでよかった。
「言っただろうが。今は殺さねぇ」
「……強情だね。
ここで殺しておかないと、明日はお前が処刑台にいるかも知れないよ」
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