lucis lacrima - 3-6

「逃げるさ。どうせ、お前が報告できるのは明日以降だろ。

 今みたいなベストな状況は無理かもしれんが、いくらでも復讐の手はある。それに命を狙われてると恐怖に怯えて暮らすというのも、いい気晴らしになる」

 ハクビが動けない事を見抜いているのだろう。口端を上げる男をハクビは感情のない目で見上げる。

「人でなし」

「かなり譲歩してやってるんだ、寧ろ天使だろ」

 なんとも図々しい天使だ。クロエの方が、よっぽど健気で美しい天使のような心を持っている。

 けれど、コレぐらい図々しい方が面白い、とも思う。

「……このまま、護衛で、いろ」

「あ?」

 深い息をついて、再び声をかすれたものに戻したハクビは、小さく穏やかな笑みを浮かべてその身体を寝台に預けた。

「言っただろ、気に入ったって。……お前を、罰さないし、解雇もしない」

「おいおい……俺はお前を殺そうとしてるんだぞ。……それともお前、マゾか?」

 呆れた声を漏らす男に、ハクビは冷たい一瞥を向けて黙らせると、瞼を閉じる。

「俺の体力が回復したら、堂々と狙えばいい」

 尤も、夜にしか狙わないのであれば、一生そんな日は来ないのだろうが。

 光が苦手なクロエとは対象的に、ハクビは闇が苦手だ。満月の日ならまだ動けるが、基本的に夜は体力の消耗が激しくまともに動く事が出来ない。

 ハクビが口にしたのは、あくまで傍に居させるための口実で、今男を逃がすことでクロエが狙われる可能性を低くしようというのが本当の目的だ。男を目の届く場所においておけば、たとえ今の殺意の矛先が勘違いだったと気付かれても、まだ、防ぎようが有るだろう。

「……いいのか」

「何度も、言わせるな」

 真面目な声で聞いてくるフェイに、ハクビは冷たく返す。そして、これ以上話すことはない、と身体の力を抜いて寝る姿勢を見せた。

 吐かれた溜息と共に寝台の端にあった重みが無くなるのを、音と身体の傾きで感じる。そして、枕元に何かが置かれた音を聞いた。震える手を叱咤して動かし、それが短剣であることを知る。

 自分が自衛用に持っている、フェイの剣を弾いたものだ。自分を寝かしたとき、奪ったのだろう。

「隣にいる」

 そう言葉を残して、護衛は来た時と同じように静かに部屋を出て行った。それを感じながら、ハクビは本格的に意識を沈める体勢を整える。

「変わってるよ、お前」

 小さく零された言葉を耳に捕らえ、ハクビは心の中で笑った。お互い様だ、と。

 そうして、部屋には再び夜の静寂が戻った。


  
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