lucis lacrima - 3-9

 直ぐ戻るから一人で席を外す、と言い張り自室を出たまま、いつまでたっても戻らないハクビに業を煮やし、フェイは彼を探すために部屋を出た。

 行き違いになったら、という考えが頭を過ぎったが、それはそれ。自分より神宮を良く知っている相手のことだから、迷子と言う事はないはずだ。

 とりあえず適当に見て回って、見付からなかったらもう一度部屋に戻ればいい。そう考えて、とりあえず適当に廊下を歩いていた。

 そうして、中庭に面した廊下。白い簡易なローブに身を包んだ、サラサラの黒髪を見つけて、フェイは、置いてけぼりを食らわせた相手に見せ付けるように、わざとやや怒った声を出して近づいた。

「こんな所に居たのか、ハクビ」

 どうやら、誰かと話していたようだ。黒い怪しい人影に眉を寄せつつ、近づく。

 しかし、フードに隠れていた相手の顔を見て、フェイの足が止まった。

 忘れた事は無い。黒い髪に黒い瞳を持つ青年。自分の敵。

 ハクビと瓜二つの顔の青年が、驚愕と、何処か怯えているように感じさせる表情で、自分を凝視していた。

 そうして、気付く。この、黒いコートを羽織った青年こそが、自分の本当に憎むべき相手であると。

 同時に湧き上がる殺意。今にも理性の箍が外れ、剣を抜かんというところで、緊張した空気を裂くように穏やかな声がかかった。

「フェイ、彼はクロエ。俺の双子の兄弟だよ」

 はっとして声のほうに視線を移せば、敵と同じ顔をした青年が穏やかに、何処か楽しげな笑みを浮かべていた。

 それに毒気を抜かれ、思わず肩の力が抜ける。

「……あ、あぁ? 双子?」

「うん。そっくりだろう?」

 そうして、彼は今度は黒いコートの青年のほうを向く。

「彼はフェイ。俺の護衛だよ」

「護衛……前に言ってた……?」

「うん。そう。結構面白そうだから、傍に置く事にしたんだ」

 笑うハクビは、自分を挟んだ二人のギスギスした空気に気付いているのだろうか。気付いているに違いない。

 クロエもフェイも口には出さないが確信しつつ、とりあえずはこの若い神官の言葉にその場の流れを任せた。

 そうでなければ、間違いなく、この白亜の壁が赤く染まるだろう。

「……そっか……ハクビの眼鏡に適ったんだ」

「とりあえずはね」

 ぎこちないながらも笑みを浮かべたクロエに、ハクビは頷く。そうして、クロエを促すように、廊下の向こうへと視線をやった。

「ほら、倒れる前にさっさと報告に行っておいで。後で、俺の部屋に来るの、忘れないでよ?」

「あ、うん……」

 無理矢理身体を反転させられ背を押され、クロエは仕方なく神官長の部屋へ向けて足を踏み出す。

 肩越しにチラリとフェイを見て、心配そうにハクビを見て。

「大丈夫だから」

 見るものを安心させる満面の笑顔に、クロエはしぶしぶといった感じで頷き、今度は振り返らずに早足でその場を去っていく。

 その様子を、フェイは微動だにしないまま、ずっと無言で見ていた。

 クロエの姿が廊下の端に消えて、振り返ったハクビは、自分を睨みつける男を喰えない笑みで見上げた。

「騙したな」

「勘違いしたのは、そっちだ。俺は、自分がお前の仇だとは一言も言ってないよ」

「……知っていたんだろう?」

 怒りを押し殺した様子の護衛に、若い神官はにっこりと笑んだ。

「とりあえず、部屋に戻ろうよ。誰かに聞かれて良い話じゃないだろう?」

 特に、お前にとっては。

 その言葉に、フェイは怒りを覚えつつも、従うより他はなかった。


  
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