lucis lacrima - 4-2
いつものことだった。そんな事を気にするような相手でもないし、嫌味を言われる事はあっても怒られたことはない。
「……?」
夕暮れの光が差し込む部屋の中、部屋の主の姿は見えなかった。
執務机に水差しとコップに入った飲み掛けの水。書類は有る程度きちんと揃えられているが、いつもより若干荒っぽく、雑然としているように感じる。
席外しかとも思ったが、この時間帯ならば、部屋の明かりを煌々とつけて出て行くはずだ。戻ってきた時に、明るいように。少なくとも、今まで出会って数週間はそうだった。
どうも、この部屋の主は変わった癖があり、部屋が明るくないと落ち着かないらしい。寝るときでさえ、昼間かと思うほど部屋を明るくして眠るくらいだ。
「……ハクビ?」
フェイはとりあえず、声を掛けてみる。すると、案外近くに人の気配を感じた。
寝台……良く見れば、白いシーツの膨らみが蠢いているのが見える。
「何してんだ、お前?」
近づいてシーツを捲れば、苦しげに息を吐く若い神官の顔があった。
「……熱い」
「なんだ、また熱か?」
熱に潤んだ目で自分の護衛を見上げ、熱を持った呼気と共に小さな呟きを漏らすハクビの様子に、出会った晩も熱を出して倒れたことを思い出し、フェイはさほど心配もせず眉を寄せた。
初めての夜だけでない。それ以降も、彼は夜になると良く熱を出しているようだった。尤も、翌朝にはケロリとしていたので、そういう体質なのだろうと思っているのだが。
「ちが……たぶ、ん……」
ハクビは、寝台に埋もれて首を振る。
「……はっきりしねぇな。とりあえず、灯りつけとくか?」
「いい……今日は……」
再び緩く左右に首を振った相手に、流石にいつもと違う雰囲気を感じてフェイはその額に手を伸ばした。
「そんなにヤバイなら、医者でも呼んだ方がいいだろ」
多少汗でしっとりしつつも、それでもサラリとした感触の髪を掻き分け額に指が触れた瞬間、寝台に横たわる身体がビクリと震える。構わず額に手を当てたフェイは、その違和感に今度こそ異常を確信に変えて深く眉を顰めた。
触れた額は、『熱くなかった』。
確かに、体温は若干高い。だが、いつもの夜のような、あからさまな発熱とは違う。
何より、指が触れたときの反応。こんな風に熱を測るのは初めてではないし、こんな風に反応されたのは今までに一度も、ない。
「……お前……誰に盛られた?」
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