lucis lacrima - 5-1
朝、いつも通り食堂に向かうと、クロエはいつもと少し違うその雰囲気に首をかしげた。
やや兵が少ないのと、若干慌しいというか……落ち着かない空気が充満している。
「おはよ、隊長」
明るい声に振り返れば、いつも通り、明るい笑顔を振りまく部下が立っていた。
クロエは軽く頷いて、単刀直入に疑問をぶつける。
「おはよう。昨夜、何かあったのか?」
「ん?
……あぁ、聞いてないんだ」
クロエの問いかけに、ルグスは食堂の様子を一瞥して苦笑いを浮かべた。
名ばかりとはいえ、一応『隊長』クラスのクロエに情報が全く伝わらない状況に嘲りさえ含んだ表情で。
「まだ俺の所には来てない」
同じように内心笑みを浮かべつつ、クロエはそう返す。尤も、自分に出陣の命令が下されない限り、詳細を聞くことなど叶わないだろうが。
正直、クロエ自身も大して知りたいとは思っていない。どちらかというと、会話のネタに振ったに過ぎない。
「んー、明け方、反乱軍の暴動があったんだよ。城下街の、ど真ん中でね。
騒ぎ自体は小さかったし、前衛部隊だけで鎮圧できたんだけど……やっぱり衝撃は大きかったみたいだね。鎮圧に出た兵は皆休んでるから、人が少ないんだと思うけど」
「前衛……シラナギの所か」
「そうだよ」
下っ端の性というか、やはり、深夜などの出陣は若い隊長の部隊に命が下る。
クロエのところに矢が立たないのは、ただ単に部隊の規模の問題だ。暗殺や敵の中心部の殲滅ならともかく、突然の暴動を二人で鎮圧するのは難しい。
恐らく、昨夜、湯殿で別れた後に出陣したのだろう。疲労で深い眠りについてしまった自分は、騒ぎに全く気付かなかったが。
「……気になる?」
下を向いて言葉をなくした上司に、ルグスは意地の悪い笑みを含んだ声で問いかける。
クロエには見えなかったが、しかしその目は決して笑ってはいなかった。
「それは、まぁ……な」
「大丈夫だよ。かすり傷は負ったみたいだけど、医師にも見せずピンピンしてたから」
怪我を負ったという言葉にクロエは驚いて顔を上げる。そこには、相変わらず笑みを浮かべた部下の顔があった。
「会ったのか?」
「見かけただけ。手当てしろ喚く部下から逃げる、シラナギ隊長をね」
「…………」
「そんな顔しなくても、ホントにピンピンしてたよ? 心配なら、見に行ったら?」
行けるなら行きたいものだ。
フードの下の顔を覗き込んでくるルグスの視線から逃れるように、クロエはわざと大仰な動作で身を翻し、食堂の奥へと足を進める。
「食事が終わったら、練習に付き合え」
「……強情」
「何か言ったか?」
「いーえー。了解しましたー」
ふざけた返事に大して怒る事もせず、クロエはとりあえず食事を提供するカウンターに足を向けた。
その後ろに着いて行きながら、安堵の笑みを浮かべるルグスの表情に気付かないまま。
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