lucis lacrima - 5-12
泣きつかれた青年の顔は、目元が赤く腫れて、これだけ見ているとまるで感情豊かな子供のように見える。
普段抑え込んだ感情が溢れると此処まで激しいものなのかと、シラナギは腕の中のクロエの顔を慈愛と哀れみの目線で見下ろしていた。
このまま自室で寝かせても良かったが、自室待機の命令が出ている以上、何かあった時にで部屋に居ないのは立場上問題だろう。そう思ったシラナギは、今、彼を運んでいる。
軽い。17歳とはこれほどまで軽いものだっただろうか。己がこの年齢だった時は、もう少ししっかりした体つきだった様な気がする。
この細い体から、あのスピードの剣術が繰り出されるのは、意外なようであり、妙に納得がいくような気もした。
「…………ん……」
体を縮ませて己が胸元に身を寄せる姿が、たまらなく愛おしい。
思わず笑みを浮かべて落とさないようにそっと持ち直すと、顔を上げる。
「…………」
「…………シラナギ隊長」
目の前に、一人の青年がいた。蒼い跳ね気味の髪と、真っ直ぐに己を見る鮮やかな緑の瞳。よくクロエと行動を共にしている兵だ。
確か、クロエのたった一人の部下で、唯一の隊員、だったはずだ。
直接会話をしたことはない筈だが、妙に挑戦的で敵意すら感じるその熱い眼差しを、シラナギは静かに受け止め見返した。
「隊長、どうかされたんですか?」
一瞬、己の事かと思ったが、その緑の瞳がクロエを映しているのに気付き、そういえば彼にとってはクロエも『隊長』だったかと思い出す。
「少しな」
「今日は『召集』はなかったと思うんですけど」
青年兵の口元が笑みの形に歪む。
不自然なそれが、妙に人の神経を波立たせる。恐らく、目が笑っていないからだろう。
「自分から、来たんだ」
「…………」
「俺の部屋に、な」
大人気ないと思いつつ、挑発的なことを口にしてしまう。
きっと、無意識に感じ取ったからだろう……腕の中の青年を挟んだ、彼の激しい嫉妬と独占欲を。
「……思ったより、人が悪いですね、隊長」
「…………」
そう返されて、己がいつにない失態を犯したことに気付く。
つい、乗せられてしまった。
自分の中にある、この青年と仲の良い彼に対する嫉妬が、挑発的な彼の態度に、つい無意識に出てしまったに違いない。
これ以上恥は見せられまい、と無言でクロエの部屋へと足を動かせば、数歩進んだところで背後から青年兵の声が掛かった。
「クロエのこと、気に入ってるんですよ…………傷つけたら、許しませんから」
きっと、緑の目は笑っていないのだろう。
自分の感は、間違っていなかった。
「…………」
シラナギは振り向きもせず、その場を歩き去る。
ルグスは、笑えない目を隠すように唇に笑みを貼り付けたまま、その背をじっと見送った。
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