lucis lacrima - 5-14
「……体は大丈夫か」
「……うん……」
かけられた優しい言葉に、クロエは何とか頷く。
目深にフードを被ってしまえば、隣に立つルグスが眉を潜めるのも気付けない。まして、彼が今にも噛殺さんばかりの殺意が篭った眼差しでシラナギを見ているなど。
視線を向けられた当の本人は特に意を返さず、俯くクロエに静かな眼差しを向ける。
「なら、いい」
「あの……昨日は、ごめん」
何とか声に出して礼を告げたクロエは、頭の上に暖かな質感を感じた。
「気にしていない」
いつもの様にそっけない、だがこちらを気遣う頭上の言葉に、クロエはホッとして、無意識に入っていた肩の力を抜く。
フードの端から垣間見た男の顔は、微かだが確かに微笑んでいる。
「……気が向いたら、いつでも来ればいい」
話ぐらいなら聞いてやる、と囁かれた言葉に、まるで舞い躍った後のように心臓が飛び跳ねる。
妙に気恥ずかしくて、でも嬉しくて、クロエは顔を伏せて口端を緩ませて呟き返した。
「ありがと」
そして、そのまま特に行動を共にすることなく、それぞれの足を踏み出す。
食堂に入る若い隊長の足取りは、先程とは一変、軽いもの。
だが、その後ろについて歩く部下の足どりはやや重い。
「面白くないんだよねぇ……」
「何か言ったか?」
背後で呟く声が聞き取れなくてクロエが振り返れば、ルグスはいつもの笑顔のまま、緩やかな動きで首を左右に振った。
「なぁんでもないよ。ほら、あそこ空いてる」
壁際の席を指して足早に歩き出す部下の背を、クロエは首をかしげて追いかける。
目下の不安が解消していつになく浮かれる彼には、部下が何を考えているのか重い思考を巡らせる余裕は無かった。
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