lucis lacrima - 5-15

 想像したよりも冷静でよかったと、クロエは思った。

 あの目撃した夜以来、何かと理由をつけてハクビの部屋を訪れなかった。

 怖かったのだ。

 二人が仲良く並んでいるところを見た自分が、妙な事を口走りそうで。

 だが、そろそろ誘いを断る理由も尽きてきて、どうしようか迷った挙句、背中を押されて漸く重い腰を上げた。

 部屋に入ったとき、並んだ自分と瓜二つの神官と護衛の姿を見て少し心臓が跳ねたが、直ぐに護衛はクロエが居るなら、と席を外し、そのお蔭でそれ以上大した混乱もせずに済んでいる。

 そうして招き入れられた片割れの部屋で、クロエはソファに寛ぎながら出されたお茶を啜っていた。いつものように、他愛無い話をしながら。

 目撃してしまった二人の関係には、触れなかった。

 片割れが選んだ恋愛に口を出したくはない。二人で暖めるべき思いに、余計な水は差したくない。そう、彼は思っていたから。

「そういえば、最近、街で小規模な反乱が頻発してる」

「へぇ」

「此処にいれば問題ないと思うけど、ハクビも気をつけて」

 話の中で忠告しながら、クロエの脳裏に赤い髪が過ぎった。

 おそらく、今現在も、反乱軍の乱闘の鎮圧に奔走している男を。

 多分、自分がこうして予想以上に穏やかな気持ちで片割れと会話できるのは、彼が居てくれたお蔭だ。

 片割れの呼び出しに悩む自分を見守り、背をそっと押してくれた。

 あの夜以来、シラナギは『召集』後にクロエを部屋に連れ込む事が多くなった。

 目が覚めた時にシラナギのベッドに横になっているのは、最初の時こそ気恥ずかしくてたまらなかったが、今では逆に安心して眠れるようになった。

 多分、自分の部屋に居る時よりずっと、穏やかで暖かい気持ちになれるからだろう。あの『召集』の後だというのに。

 そして、自然に、会話も増えた。

 ハクビのこと、フェイのこと、自分の力のこと。

 汚れている……いつも思っていたことを漏らせば、自分も同じだ、と返してくれた。

 軍にいる以上、それは仕方がないことだと。

 それだけで、心が軽くなった。初めて、軍にいて……シラナギに会えてよかったと思った。

 いつの間にか、あの腕に抱かれる事を望むようになった。性的な意味だけでなく、あの腕に身を預けられればどれだけ幸せだろう、と。

 時折、大きな手が頭を通り過ぎる度に、物足りなく感じるのだ。

 それは、あまり甘えた事のない父親に対するものにも似ているようで、だがそれとは微妙に違う、何ともいえない気持ち。

 もしかしたら、ハクビも同じようにフェイに対して思っているのかもしれない。

 はっきりと言葉にするには、まだ頼りなくて、恥ずかしいけれど。


  
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