lucis lacrima - 5-3

 何故、未だに自分たちは体を繋げているんだろう。

 ぼんやりと霞む思考の隅で、妙に冷静な自分が疑問を浮かべる。

 すっかり慣れてしまった相手の体温に煽られながら、自分の体温が上昇する。

 薬なんて使ってない。勿論、飲まされてもいないし、誰かに盛られたわけでもない。

 ただ、気が付いたらいつもコイツの下にいる。

 喘がされて、恥ずかしい格好を取らされて、それでも最後はその痺れるような刺激に全てを許してしまう。

「……どうした?」

 琥珀色の宝石のように綺麗な目が、自分を映す。優しく頬を撫でる手が気持ちよくて、何もかもがどうでもよくなる。

 ハクビは目を閉じてその手に自分の手を重ねると、仔猫が甘えるように頬を擦り寄せた。

「なんでもない。早く、……」

 動いて、と呟けば、息を呑んだ一瞬の後、男の動きが激しくハクビを揺さぶる。

 動きに合わせて嬌声を上げながら、ハクビは今、これを誰かに見られたら大変だな、と思った。

 大抵の神官たちはプライドの塊だ。特別な力を持った自分達は神の遣いだ、と勘違いしている奴らが多い。そんな彼らが憧れる神官長という地位は、この王国で尤も神に近い最高権力者……この大陸全ての権力を握っていると言っても過言ではない程の立場にある。

 そして、今、その神官長の次期候補に近い位置に居るのは、ハクビを含め数人の神官だ。彼らは常にお互いを蹴散らそうと、スキャンダルを心待ちにしている。

 ハクビ自身はまだ若い為、次の神官長に任命されることはまず無い。だが、不穏な芽は早めに摘んでおこうという奴らは決して少なくないのだ。自分に薬を飲ませたのも、間違いなく彼らのうち誰かの差し金だと、確信していた。

 そんな中、神宮で、しかも同姓同士で事に及んだとすれば、彼らには格好のスキャンダルとして取り上げられるだろう。

 花街に降りて、女を買うのは問題ない。皆がしている事だし、結婚が出来ない神官が、それでも力を持つ子供を残す為には必要な事だと考えられている。

 だが、もし、こんな自分達の状況を見られたら……ハクビは不浄なものとして、クロエ同様、神宮に居られなくなるかもしれない。

 其処まで考えながら、しかし若い神官は自分を組み敷く男の手を振り払えなかった。

 徐々に視界を奪う闇の中、明かりを点けずに男を抱きしめ返す。

「フェイ……ッぁ」

 人の温もりが、心地よいと知ってしまった。

 相手を守る必要などない、ただ何も考えずに守られているだけの状態が、これほどまでに安心できるものだとは思わなかった。


 何も、考えなくていい。

 全ては、起こってから考えれば……。


 思考を重く奪う夜の帳が、もうすぐ其処まで来ているのを感じながら、ハクビは煩わしい全ての冷静な思考を排除してしまった。


  
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