lucis lacrima - 5-4
夜の帳が落ちかけた廊下は、薄暗かった。
もう、間もなく暗闇に押してしまうだろうというのに、辺りを照らすのは廊下の明かりだけで、部屋から光は全く漏れていない。
閉められた扉の隙間からも、空調の為に少し空いている足元の隙間からも、一切。あの、闇に弱い片割れの部屋だというのに。
クロエは訝しげに眉を寄せながら、部屋に近づいていく。
静かな廊下に、自分の靴音が妙に響く。……そして、徐々に大きくなる、誰かの息遣いも。
「……?……」
荒い呼吸。一人……二人分?
そう思考がたどり着いた瞬間、嫌な予感が胸を過ぎる。
このまま、近づいてはいけない。
脳が警鐘を鳴らす。
唇を無意識に舐めて、クロエは妙に口が渇いていることに気付く。
ハクビの部屋の扉は、閉まっていた。けれど、隙間から光は漏れていない。
そして、扉の奥からは、声が聞こえてくる。意味を持たない、言葉にならない声が。
脳に鳴り響く警鐘が煩い。頭が痛くなる。
それでも、体は立ち去ろうとせず、無意識に、扉に手が掛かる。
中で何が行われているか、わかっているのに。判っているからこそ、確かめたいのか。
静かに、音を立てないように、扉が開かれる。指一本分、だけ。
寝台の方向を見ると、影が見えた。
二つの人影が重なって一つになっている。
「…………」
クロエは動かない。ただ、物音に耳を澄ます。その人影が、誰のものなのか、確かめるために。
「……フェイ……ッ、んぁ、……も、っと……ぁあ!!」
「……ハクビ」
甘い嬌声。優しい声。
普段からは想像も出来ない、自分の知るものとは明らかに異なる二人の声。
けれど、確かにそれは自分が知っている人物のもの。
クロエは、扉を閉めることも出来ずに、一歩後ずさる。
視界には何も見えなくなる。何も無い、真っ暗闇。
いつの間にか、人影も見えなくなっている。
一人、闇に取り残される。
自分が何処に立っているのか判らなくなる。
何処にも、光が見えない。
クロエは、その場から逃げるように元来た道を引き返す。
早く、帰らなければ。
今夜は待機命令が出ていた。もう、周りはすっかり闇に覆われてしまった。
早く、早く、この闇から出て行かなければ。
早く、早く、誰か人の居る場所へ。
早く、早く、一人にならなくてすむ場所へ。
クロエは、薄暗い廊下を駆け抜ける。
彼は、光を見失っていた。
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