lucis lacrima - 5-5
闇の中をただひたすら駆け抜ける。
歩きなれた道だ。見えなくても何があるか、何処に道があるか判る。
走って、走って、漸く足を止めたクロエの目には、高い灰色の壁があった。
無機質な、冷たい灰色の壁。
高くそびえるそれは、まるで自分を拒絶するようで、クロエは冷水を浴びたようにハッと我に返った。
兵舎の壁だ。後ろには、白亜の神宮がある。周囲を見渡せば、少し離れた場所に兵舎へと繋がる扉が見える。
走っている間に、足がずれてしまったのだろう。
今、クロエの目には、薄暗いランプの明かりと闇に落ちた世界が見えている。
だが、心は闇の中に一人取り残されているようで、どうしたら良いか、自分の行動する術を見失っていた。
「…………」
項垂れて、ゆっくり、扉へと歩き出した彼の脳裏に、先程目にした光景が鮮やかによみがえる。
重なる影。相手を求める嬌声と、甘く慈しむ声。
幸せな、恋人のような光景。
いや、事実恋人なのだろう。自分が知らなかっただけで。
男同士という事など、クロエには大した問題に感じない。女の少ない戦場では、日常茶飯事だったから。
お互いに求め合って、寄り添い合う兵達のその幸せな光景は、男女も同姓も関係ないと感じさせた。
同時に、酷く自分が惨めに思ったのを、思い出す。
そして今、同じ思いを……それ以上に、氷のナイフで心を引き裂かれるような思いを感じていた。
裏切られたという、絶望にも似た思い。
穢れを知らない、綺麗なままで居て欲しいと思った、自分の、大切な片割れ。
けれど、汚れないものなんて何処にもないのだ。
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