lucis lacrima - 5-6

 判っている。いつかは、ハクビも自分の道を歩むのだ。

 自分の思い通りの人生など、歩んでくれるはずがない。

 だが同時に、安堵もしていた。

 愛される幸せ。求めた人に、返される幸せ。

 そういう幸せに溢れた恋愛をする片割れに、安堵した。

 そして、湧き上がる、醜い妬ましいと思う感情。

 男に抱かれる。同じ行為の筈なのに、自分に幸せなどない。

 いつも、複数の男に人形や家畜のように扱われ、穢される。其処に、自分の意思などない。


 何故?

 同じ血をもつ兄弟なのに。

 血も、顔も、生まれも同じなのに。

 何故、自分には幸せを与えてもらえないのだろう。


 溺れそうなほど、暗く重い闇の中で、何とか呼吸を紡ぎながら、クロエは兵舎へと続く扉をくぐる。

 基本的に、この扉は常時開け放たれている。

 形式的な敬礼をする見張りに軽く視線で返し、ただ機械的に歩を進めた。


 判っている。自分は穢れているから。

 この体は、既に沢山の血と、望まない男達の体液で汚れてしまっているから。

 判っている。望む事自体が、おこがましい事だと。

 自分は、ハクビとは違うのだ。

 きっと、多分、生まれた瞬間から。


「……ッ」


 穢して欲しいと思った。

 『召集』の時のように、メチャクチャにして欲しかった。

 何も考えず、ただ、欲に溺れたいと。

 初めて、強く願った。

 精神を粉々に砕いて、身を切るように痛めつけて。

 愛も優しさもいらない。

 ただ、ただ、自分は穢れているのだと。幸せなど求めてはいけないのだと、思い知らせて欲しかった。


 声に出せない嗚咽を喉の奥に秘めながら、クロエの足は迷いなく暗い廊下を進んでいった。


  
 戻る