lucis lacrima - 5-9

 シラナギに、一番に抱かれるのは初めてだった。

 恐怖はある。けれど、それとは違う奇妙な高揚感がある。

 妙に現実感が薄いというか、思考が浮ついたように、心臓が早鐘を打っている。

 自分の意思で抱かれに来た、というせいもあるかもしれない。

 黒い髪を優しく梳く大きな手。

 器用に衣服を脱がし、自分を生まれたままの姿にしていく節くれ立った手。

 しっとりした指先が頬を撫でて、確認するように唇に触れる。

 ベッドに組み敷かれて、唇を重ねた。

 触れるだけの口付けから徐々に深くなり、やがて押し入ってきたのは肉厚な舌と甘い唾液だけで、錠剤も水もない。

 その事実がさらに身に起こっている現実を如実に感じさせて、クロエは無意識のうちに己を抱く男の腕に爪を立てた。

「まだ、何もしていない」

「……わかってる……」

 静かな男の言葉のうちに、ほんの僅かな揶揄を感じ取って、青年は子供のように不機嫌に眉を寄せた。

 それが男の中に、言いようの無い慈愛にも似た感情を齎すとも知らずに。

「やめるなら、今だぞ」

 そして、たった今揶揄したかと思えば、一瞬で冷水を浴びせてくる。

 急に現実へ引き戻した一言に、クロエは首を強く左右に振った。

「……いいから……壊して……メチャクチャに、俺を壊して」

 放り出されるのを恐れて、手近な腕に、肩に爪を立ててしがみ付く。

 ここで一人にされたら、こんどこそ闇の中に沈んでしまう。そんな焦燥感に襲われて。

 怯える青年をあやす様に、男は再度頭を撫で、頬を、鎖骨を、胸元へと徐々にその手の動きを愛撫へと変えていった。

「……ん、ぁ……」

 甘い吐息をかみ締めるように漏らして、クロエは身悶え、唇をかみ締める。

 男は止めなかった。

 己の知る知識を最大限利用して、今組み敷く愛しい青年が、ただ快楽だけを感じるように残酷なほど優しく指を、舌を動かしていく。

「……ぁ、は、……シラナギ……ッ」

「どうした」

 髪を引かれながら名を呼ばれ、男は愛撫を止めて顔を上げる。

 クロエは、ほんのり上気した赤い頬を見せながら、不満げな、今にも泣きそうな顔で首を左右に振った。

「そんなの、いいから……もっと、……痛くして……!」

 泣きそうなのに、泣かない。

 そんな押し殺した表情が居た堪れなく感じ、男は瞼を伏せて呟き返した。

「…………分かった」

 全て衣服を剥ぎ、覆うもののなくなった硬い蕾へ、唾液を絡めた指を寄せる。

 せめて、とまだ柔らかい中心を握り扱きながら、己でも太いだろうと思う指を一本、グッと押し込む。

 それでも、日頃の行為で慣れた其処は、奥までその指を飲み込み、味わうように扇動した。

「……ッ、は、」

「辛いか?」

「…………平気……もっと……もっと……」

 痛めつけて、と声にならない声で嘆く青年を痛々しげな表情で見下ろしながら、シラナギは汗が滲む額に口付けを落としながらさらにもう一本、指を増やして中を解すようにそれらを動かした。


  
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