lucis lacrima - 6-1

 クロエがハクビの部屋から官舎に戻ると、廊下でルグスと会った。

「隊長、おかえりー」

「練習明けか」

 汗を掻いたらしい僅かに濡れた髪とタオルにクロエはそう返す。

 ルグスは笑顔で頷いた。

「うん。訓練場行ってきた。隊長も行ったほうがいいよ〜、鈍っちゃうから」

「そうだな」

 鈍るほど行っていないわけではないが、少々汗を流したい気分でもある。

 多分、彼はまだ戻ってきていないだろう……。

 そう考えた隊長の思考を裏切るように、出来の良い部下は声を上げた。

「そうそう、シラナギ隊長の部隊戻ってきてたよ。早く行かないと、風呂、混むかも」

 意地悪な部下の目線は伺うようで、クロエは眉を寄せる。

 彼は知っているのだ。最近、よく彼がシラナギの部屋を尋ねることを。

 そして、最近の小規模な乱闘続きで前衛部隊が頻繁に出兵しているため、意地っ張りな若い上司が彼に会えず密かに寂しがっていることにも気付いている。

「別に、俺は用がない」

 寧ろ、風呂が混んで困るのはお前だろう、と軽く睨みつけながら、意地っ張りな隊長は足を踏み出した。

「シラナギ隊長のトコ行くの?」

 背後から声が掛かる。

 クロエは一瞬足を止めたが、肯定するのも癪で、結局何も言わずに再度歩を進める。

 その足は自室でも、訓練場でもない場所を真っ直ぐに目指していた。


 去っていく隊長の姿を見送るルグス。その顔は笑っていたが、目は酷く冷たい。

 その自分より幾分小さな背が、あの赤毛の大男のもとへ行くのだと確信しているのだ。

「……ッ」

 想像して、初めてルグスの顔が歪む。


 彼にとって、自分はどのような位置づけなのだろう。

 反抗的で扱い辛い自分を半ば追い出す形で、今の部隊へ就けた年寄り共。畏怖すべき力を持つがゆえに、彼が反乱の意を持たないかどうかのお目付け役を兼ねて。

 最初は大して期待していなかったが、その美しい剣捌きと人を寄せ付けない性格に興味が惹かれた。

 多分、剣術自体は自分より強くない。だが、短剣を素早く踊るように繰り出す動きは、ルグスにとって良い目の保養になった。

 さらに、暫く一緒に過ごして、力に似合わない優しさと、その純粋な精神に益々興味が湧いた。

 反乱の意を持つというより、敵に同情して騙されないかどうかの方が不安になるくらいに。

 だが、罪悪感は持っても、やる事はきちんとやり遂げる人間だと知って、益々気に入った。

 最初は会えば挨拶をするくらいだったが、今では自分から進んで声を掛けるほど夢中になっている。

 だが、クロエは自分をどう思っているのだろう。とりあえず、邪魔だとは思われていないようだが、イマイチよく分からない。気の合う部下、なのだろうか。


  
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