lucis lacrima - 6-13
「お前の片割れは無事だ。護衛はかすり傷を負ったようだが。
刺客は……俺がお前を見つけたときには、既に居なかった。……お前が、消したらしい」
あぁ、と悲嘆に暮れた吐息が漏れる。やってしまったのか、と、青年が静かに嘆く。
「護衛の傷が証拠になって、神宮の警備を厳重にすると通達があった。
とりあえず、俺達は待機だ」
冷静な前衛隊長の言葉が遠くで聞こえる。大事な話のはずなのに、それは右から左へとクロエの脳内を通り過ぎていく。
「……怖く、無いの?」
だから、話と全く関係ないことが口を突いて出る。
「俺、もしかしたらアンタを殺してたかも知れないのに」
確認するかのように一呼吸置いて返って来た回答は、とてもあっさりしていた。
「大丈夫だ。怖くはない」
「…………」
「俺が副作用で暴走した時、お前は言っただろう。怖くない、と。それと同じだ」
「でも、アンタは止めたじゃないか。途中で……けど、俺は人一人殺したんだ……止められなかった!」
悲痛な叫び。無意識に人を傷つけた代償は、心臓を抉るような深い深い精神の傷だ。
だが男は怯える様子も無く、その傷を労わるようにそっと己の肩の横にある黒い髪を撫でた。
「自己防衛だ。お前が悲しむ事は無い。大切なものを守ろうとしただけだ」
「違う!」
「違わない。俺が触れたとき、お前は自我を取り戻しただろう?」
「あれは偶然だ……」
顔を伏せて両手で全ての言葉を拒絶する青年を暫し眺めた後、シラナギは静かに言葉を漏らした。
「ならば、俺が終わらせてやる」
それは、ずっと己の胸の中に仕舞っていた言葉。決して表には出さなかった、だが本当は伝えたくて仕方がなかった言葉。
クロエは耳に飛び込んだ一言に驚き、顔を跳ね上げて隣の男を見た。それは、まるで冷たい氷の針のように耳を刺して、興奮した脳を一気に現実へ引き戻し、隣の男へと意識を向けさせる。
真摯な闇色の瞳が、青年を真っ直ぐに射る。
「お前が壊れたとときは、俺がこの手でお前を終わらせてやる」
「シラナギ……」
「だから、お前は俺を止めてくれ。その力で、俺を。壊れる前に」
クロエにとって、それは優しくて残酷な、これ以上ない甘美な言葉。
だが、同時に疑問と不安を呼び起す言葉。
「もし、アンタが先に壊れたら……?」
俺は一人にされるの? 泣きそうな表情でそう問いかける青年に血のような髪を持つ死神は優しい笑みを零した。
「一緒に連れて行く」
だから、安心しろ、と。
それを聞いて、クロエは漸く笑みを見せた。そして、かつて目の前の男が暴走した時のように、しかし今度は男を求めるように両腕を広げた。
「俺も、アンタを一人にしない。だから」
ちゃんと、終わらせてね。
クロエは、自分の体を抱きしめてくる男だけに聞こえるよう、小さく口の中で呟いた。
それは、永遠を誓い合うに等しい言葉。
同じ恐怖を抱える二人が、希望を共有した瞬間だった。
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