lucis lacrima - 6-5

「で、最近反乱軍の動きが活発化してるから、気をつけろって」

 片割れが帰った後、戻ってきた護衛に、ハクビは笑みを浮かべて今聞いた現状を報告する。

 護衛が淹れたお茶を、執務机に着いて優雅に口にしながら。

 相変わらず、人を挑発するのが上手い笑みだと内心呆れながら、フェイは同じように淹れたお茶をソファに背を預けながら啜った。

「で、それを俺に教えてどうするよ?」

「別に。知りたいかな、と思って」

 勿論、本気でそう思っているわけではない。恐らく、反乱軍の動きやその意味は、クロエや……この国の軍部以上に知っているはずだ。

 男は暫く天井を見上げた後、ポツリと漏らす。

「確かに、気をつけた方が良いかもな」

「……なんで?」

「目印だからな」

「……お前が?」

「ま、これ以上は軍務機密だ」

「…………ま、いいけどね」

 深く関わるつもりはない。あっさりと追求の手を止めて、ハクビは目の前に積まれた仕事に手をつける。

 自分のやるべきことは、目の前の男の目的追求ではない。たとえ下っ端に回される雑務であっても、彼は自分の仕事はきちんと終わらせないと気がすまない性質だった。

 熱心に書類を片付けていく己の神官を、フェイはじっと見つめる。

 その目はいつになく真剣で、意識は何処か別の場所を向いている。

 やがて思考を断ち切るかのように一度ゆっくり瞬きをした彼は、執務机に向かうハクビの背後に無言で立った。

「大分暗くなってきたな」

 仕事に集中していたハクビは、突然思いもよらない方向から飛んできた声に肩を震わせる。

「……邪魔しないでよ」

 振り返って睨みあげれば、やる気の感じられない護衛はニヤニヤした人の悪い笑みで若い神官の手触りの良い黒髪を一房手に取り掌の上に流す。

「明かり、つけなくていいのか?」

 いつもならば煌々と明かりをつけるよう、もっと早くに指示を出してくる。

 指示がない。それはつまり、お誘い、だ。

「これだけ片付けさせて」

「お預けかよ」

 色気も何もない、仕事熱心な神官の言葉に、護衛は眉を潜める。

 その表情が妙に楽しくて、ハクビは口端を緩めて呟いた。

「……待て」

「……鳴かねぇからな、俺は」

 それどころか、大きな駄犬は命令を無視して白いうなじや耳朶を指で弄ぶ。

 弱点を知り尽くした絶妙な指使いに、とうとうハクビは音を上げた。

「馬鹿。仕事、明日までに終わらなかったらお前のせいだからな」

「どのみち、お前の体力がもたねぇよ」

 すっかり薄暗くなった部屋で、護衛は笑って神官の体に腕を回し、椅子から攫い上げる。向かうは、少し離れた場所に設置されたベッドだ。

 されるがままになりながら、ハクビは悔し紛れにフェイの首筋に歯を立てた。


 主導権を奪い合う二人の熱い夜は、これから始まるのだと示唆するように、沈みかけた夕日が部屋を赤く照らす。

 それは、妙に不安を覚えさせる暗い色だった。


  
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