lucis lacrima - 7-1
計画通りだった。
神宮内で刺客が現れ、自分の護衛している神官を襲撃する。
だが、計算違いだった。
刺客が殺される事も。
自分が……この神官を守ることも。
守る必要はなかった。
守るつもりも無かった。
ここで、殺されて終わり。そういう計画だった。
そういう、予定だったのに。
不機嫌な顔で己の腕を治療するハクビの様子を、反乱軍の男は複雑な気持ちで見つめる。
寧ろ、苛立っているのは自分だ。
殺すつもりだった相手を守った挙句に、こんな怪我までして。
傷は軽かったし、動きに問題ないとは言え、あまりに馬鹿馬鹿しい行動をした自分に苛立っている。
だが、多少の狂いがあったとはいえ、既に賽は投げられた。
後に引くことは出来ない。
フェイは、そっと己の腰に下げた短剣に手を添える。
既に治療は終わっている。
まだ難しい顔をして固まったままのハクビをじっと見つめた。
撫でると柔らかく手に馴染んだ黒い髪。自分を翻弄した利発な黒い瞳。煌々と輝く明かりに照らされた、整った顔立ち。
神官の白い清楚な衣服の下に隠された、処女のようで熟女のような、初々しさと妖艶さをかね揃えた細い体。
短い間だったが、誰よりも長く濃い時間を共に過ごしたような気がする。
何より、二度以上、夜を共に過ごした相手は、他に居ない。
最後くらいは、あの食えない生意気な笑みを見たかったな、とらしくない事を考えながら、フェイはその姿を脳に焼き付けるように一度だけゆっくりと瞬きをし、短剣を鞘から抜いた。
そして、躊躇うことなく真っ直ぐに、剣先を目の前の神官に突きつける。
「片割れの心配をする前に、自分の心配をしたらどうだ?」
思った以上に声は低く重いものになった。
若い神官は一瞬驚いたような顔をして……直ぐに落ち着きを取り戻し、真っ直ぐに彼の顔を見てくる。
「あれが、合図だったんだ」
硬い、表情。
緊張ではない。恐怖でもない。
ただ、無表情で、感情が見えない。
まるで人形のようだ、とフェイは思った。
予想通りの、だが期待とはほんの少し違う表情に、彼の心がすっと冷えていく。
「大人しくしてれば、殺しはしない……今は、な」
「……優しいな」
「お前には借りがある。……望むなら、仲間にしてやるが?」
考えるより先に、言葉が出た。
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