lucis lacrima - 7-2

 口から出た言葉に内心驚きながら、表情は硬いものを装い、フェイは答えを待つ。

 断って欲しい気持ちと、受け入れて欲しい、その二つの矛盾した願いに苦痛を覚えながら。

 誘いを受けた敵国の神官は、笑みも無く呟いた。

「冗談」

 一言。短く。

 男はそれを受け止め、彼の腕を取るとポケットから用意していた錠を取り出し、細い手首にしっかりと嵌めた。

「抵抗しないのか」

「大人しくしてれば、攻撃しないんだろう?

 俺は、まだ殺されるわけにはいかない」

「あの片割れか」

「…………」

 答えはない。だが、それが肯定だ。

 こんな状況でも双子の片割れを心配をするその絆に、感心しつつも複雑な思いを抱く。

 それを振り払うように立ち上がり、フェイは長い鎖の先にあるもう一つの錠を作り付けの執務机の足に繋ぐ。そして、執務机の中、給湯室の収納の中、ベッドのシーツの下、ソファの裏を漁って、それぞれ隠された短剣を回収した。

「これで全部だな」

 一応、部屋の主に確認を取る。

 たとえ嘘をつかれたとしても、若い軟弱な神官の抵抗一つで何とかなるような、ひ弱な部下など居ない。一つぐらい武器が残っていたところで大したことにはならんだろう、と考えて、フェイはそれ以上追求するつもりはなかったのだが。

 まさか、全ての武器の場所を覚えているとは思わなかった捕虜は、複雑な表情で正直に頷いた。

 それを確認し、男は短剣を持って部屋を後にする。

 仲間と合流し、この神宮を制圧しなくてはならない。

 軍の人間がやってくる前に。

 扉に手をかけ、フェイはもう一度ベッドの上の神官を見る。

 大人しく座っているその顔は人形のようで、感情を一切読み取らせない。

 不機嫌でも、先程のような感情的な表情の方が魅力的だったなと、またらしくも無い考えが浮かび、彼は苦笑した。

「楽しかったよ……護衛の生活も」

 静かな部屋に、声が空しく響く。

 返事は期待していなかった。

 ただ、正直な気持ちを、何となく残したかったのだ。

「…………」

 判ってはいたが返って来ない返事に少なからず落胆を覚えつつ、フェイは部屋から出る。

「……それは、何よりだ」

 扉を閉める瞬間、感情を押し殺したような、微かな呟きが聞こえたような気がした。


  
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