lucis lacrima - 7-11

 深夜にもかかわらず煌々と明かりのついた部屋に、男は物音を立てないよう静かに足を踏み込むと、扉を閉める。

 先程まで行われていた情事を突きつけるように、濃厚な牡の匂いが鼻を突く。

 同様に湿気を帯びた嫌な熱も篭っているような気がして、侵入者は眉を寄せると窓に足早に近づき、扉を開けて外の空気を取り込んだ。

 そうして軽く深呼吸をすると、明かりに照らされた寝台へと歩を進める。

 恐らく最後にきた兵が、明かりを消し忘れたのだろう。

 明かりを消し忘れるほど行為に没頭したのかと思うと腹が立つが、部屋の主の体を思えばこれで良かったのだろうと胸のわだかまりを飲み込んだ。

 ベッドの上では、細く白い身体が一矢纏わぬ姿でぐったりと横たわっている。シーツ一枚さえ、その体にはかけられていない。

 3日振りに見た若い神官の顔は、明らかに疲労の色が濃く見えた。

 自分のせいだと分かっていても居たたまれず、男は自分の上着を脱ぐと、寒ささえ感じないらしい熟睡する体にそっとかけてやった。

「……、……」

 瞬間、横たわった体が身動ぎし、彼は息を呑む。

 そっと開かれた瞼の下に、見覚えのある黒い瞳が現れる。

 情事の後の朝、甘えたような、寝ぼけた幼い眼。

 だが、男は思いもよらない覚醒に、緊張で体を強張らせたまま、瞬き一つ満足に出来ないで居る。

 不意に、黒い瞳が潤み、ポロポロと涙を零しだした。

 細い腕が持ち上がり、しかし涙を拭うこともせず、傍らに立つ男の服の裾を縋るように握った。

「フェイ……」

「……、……ハクビ……」

 何とか声を絞り出すが、言葉が続かない。

 名前を呼ばれてホッとしたのか、若い神官は頼りない口調で言葉を繋いだ。

「怖い、夢……みた……」

「……夢?」

「……知らない、男に、犯された……いっぱい……」

 震える声で、泣きながら訴えてくる。

 フェイは、いつの間にか硬く握りこんでいた手を開くと、そっと横になる青年の頭に伸ばす。

 久しぶりに触れた髪は頼りなく、少し力を入れただけで崩れそうなほど酷く脆く感じた。

「大丈夫だ」

 思わず口をついて出た言葉。

 何が大丈夫だ。

 それを嘲笑うかのように、心のどこかで冷たい自分の声がする。

「ただの夢だ」

 言いながら、フェイ自身もどちらが夢なのか分からなくなってくる。

 ただ、分かっているのは、今、目の前でハクビが泣いていて、自分はそれをたまらなく愛おしく感じている事。

 そして、その涙を止めてやりたいと心の底から願っている事だった。

「ゆめ……?」

 青年は、握った服の裾を引き寄せる。それに合わせて、男も彼の枕元に身を寄せ、同時にシーツをそっと細い体の下から引き抜くと、その頼りない裸体に掛け直してやった。

「そう、夢。ただの、夢だ」

「…………」

 そう断言してやると、青年はほんの少し肩の力を抜く。そして、伺うように傍らの男を見上げてきた。

 何か言いたげなその表情に気付いた男は、首を傾げて優しく言葉を促してやる。

「どうした?」


  
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