lucis lacrima - 7-12
「お前は……俺が、他の男に抱かれても、平気?」
その問いかけに、フェイは後頭部を強打されたような衝撃を受けた。
不安げな黒い瞳が、真っ直ぐに見つめている。だが、どう答えたらよいか、思考が追いつかない。
黙りこんだ男に、再び恐怖がこみ上げたのか、黒い瞳が潤み再び涙が零れ落ちる。
今日はよく泣く奴だな、関係ないことを考えながら、フェイは回らない思考を放棄し、何も考えずに言葉を零した。
「馬鹿だな」
馬鹿は自分だ。
再び、遠い場所で自分の声が罵る。
「平気なわけ、無いだろ」
今更、こんな事を言ったところで、何も変わらないのに。
「…………」
悲しげに涙を零す目尻の粒を、フェイは不器用に震えるその指でそっと拭った。
そして、何よりも愛おしい目の前の青年を安心させるために、優しく笑う。
「安心しろ。たとえ俺が軍に戻ったとしても……お前を誰にも触らせたりしない」
とうとう口に出した言葉に、フェイは胸の痞えが取れたような清涼感と、同時に奈落の底へ突き落とされたような深い諦めにも似た絶望を覚えた。
それは、漸く気付いた……向き合った、本心。
今はもう、取り返しの付かない、願望。
フェイの言葉に、ハクビは漸く笑みを見せた。
安心しきった、素直な笑みで。
「約束だよ?」
「あぁ……約束だ」
青年の手が、掴んだままの男の服から静かに離れていく。
儚い現実が、夢へと変わっていく。
そう、これは、夢。
今はもう、叶う事の無い、遠い夢。
何もかも、遅すぎた。
フェイは、青年が完全に寝入ったのを確認すると、もう一度、今度はシーツの上から自分の上着をかけてやり、静かにその場を離れた。
冷たい空気の流れ込む窓を閉め直し、出口へと向かう。
扉を開ける瞬間、一瞬足を止めたが、結局振り返ることなく重いそれをゆっくりと開いた。
何もかも遅すぎたのだ。
今更、己の過ちを後悔したところで、何も救われない。
壊したのは、他でもない自分。
懺悔すら、出来ない。
無言で薄闇の廊下を歩くフェイは、自嘲の笑みを浮かべる。
それは、泣く事すらできない己を嘲笑う、自虐の笑み。
全てを闇に奪われた夜から、神など信じなくなった。
だが、今は、無性に何かに祈りたかった。
目が覚めたとき、あの神官が何も覚えていないようにと。
朝日が昇った瞬間、この想いも何もかも全てが泡沫と消えてしまえばいいと、そればかりを、強く、願った。
← →
戻る