lucis lacrima - 7-13

 目が覚めた時、頭の中に過ぎったのは、昨日見た幸せな夢だった。

 そして、あれこそが本物で、今まで自分にされてきた仕打ちこそが悪い夢だったのではないかと、一瞬そんな願望が思考を支配する。

 だが、その願望も、朝にも関わらずだるい体と、奥に残る鈍痛で全て霧散した。

 同時に、昨日の夢があまりに残酷な悪夢に思えて、そんな夢に期待を抱いた自分が惨め過ぎて、捕虜となった若い神官は潤んだ瞳を覆うようにシーツを頭から被る。

 直後、バサリと聞こえた重い衣擦れの音に、顔を出して首を傾げた。

 落ちたのは、軍用の上着。

 此処最近、何度も視界に映った、反乱軍のものだ。

 ハクビの脳裏に、昨日の夢に出てきた元護衛の優しい笑顔が過ぎる。

 ベッドに腰掛けて、上着を拾い上げる。しかし、それを見つめながら、ありえないと首を左右に振った。



 あれは夢。都合の良い、夢。



 だが、震える手はしっかりと上着を握り締めたまま、まるで石になったかのように離そうとしない。

 彼は、ただ黙って夢を反芻する。何かを堪えるような、無表情の仮面で表情を覆い隠して。



 優しく頭を撫でてくれた手。愛しむような、甘い微笑み。

 今まで、あの男がそんな顔を見せてくれたことがあっただろうか。

 そして、泣き縋る自分にくれた、何よりも欲した言葉。彼の、本心。



「……馬鹿みたい」

 ハクビは、上着を抱きしめて赤く充血した瞳から透明な雫を零す。



 神様は、なんて残酷なのだろう。

 あんな、幸せな悪夢を見せるなんて。

 ここまで来て、己の心に気付かないほど……認めないほど、自分は愚かじゃない。

 だが、自分にこんな仕打ちをした男に焦がれてしまうほど、こんなに胸を痛めるまで気付かなかったほど、自分は馬鹿なのだ。



 何もかも、遅すぎる。

 遅すぎた。



「馬鹿だよ……俺も……あいつも……」

 ハクビは、泣きながら苦い笑いを零す。



 上着からは、残酷で優しい夢の残り香が、微かに流れ落ちていた。


  
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