lucis lacrima - 7-3
これは、裏切りではない。
煌々と照らされた部屋の中。ハクビはベッドの上で膝を抱えて座りながら、思う。
判っていた。いつかは、こうなる事を。
フェイは、反乱軍の人間で、いつか、神宮を攻撃するのだという事を、彼は理解していた。
ただ、その『いつか』が来なければ良いと思っていたのは確かで。
「いっそ、もっと早く反乱を起こしてくれたらよかったのに」
呟いて、笑う。
あまりにも慣れすぎていた。
いつの間にか、本当の護衛のように思っていた。
「馬鹿だな」
呟きに、感情は無かった。
「意外と良い顔だったんだって」
「お前、ソッチの気があったのかよ」
「だってよぅ……暫く女もご無沙汰だし、立てこもっちまったら尚更だろ?
だったら、手近なところでって思うのが男の性ってもんだろうがよ」
多少の負傷者は出たものの、思いの外簡単に制圧した神宮の広間で、待機していた部下が談笑している。
フェイは漸く落ち着いた体を何処かで休めようと広間を横断している途中、聞こえてきた言葉に何となく足を止める。
それに気付いた部下が、手を上げて彼に合図した。
「中隊長! 中隊長はどうです?」
「おいっ」
引きとめるもう一人の部下を無視して、手を上げた男は笑って答えを待つ。
「どうって?」
「中隊長どのの護衛されてた神官様は、相当良い顔だって言うじゃないですか。
こう……夜の護衛とか、どうだったのかなぁ、と」
ニヤニヤと下世話な笑みを浮かべる男に、フェイも唇を歪める。
「お前なぁ。そんな事ばっか考えてると、不意打ち喰らうぞ」
「へへ」
「……まぁ、悪くは無かったがな」
小悪魔な若い神官の艶やかな表情を思い出し、思わずフェイの顔が緩む。
それは、下卑たというにはあまりに慈愛に満ちた笑みだった。
だが、その敏感な表情の変化に気付かず、色めき立つ部下達が、顔を見合わせニヤニヤとした笑みを交し合う。
「おぉっ!良い反応」
女に飢えた彼らにとっては、人質や敗兵とは格好の性欲の餌、なのだ。まして、長年憎んできた王国の神官達だ。憂さ晴らしもあるだろう。
それを感じ取って、フェイは眉を寄せる。
今更、珍しい事でもないし、罪の無い一般人に手を出すわけではない。
今回の反乱に加担した兵の中には、王国軍に同様の扱いを受けた者だっている。けっして、反乱軍に限ったことではないのだ。
判っているだ。止める理由など、中隊長である自分には無い。
一時的な己の感情で、止めては、いけない。
「傷、つけるんじゃねーぞ」
だが、フェイは言わずに居られなかった。
「はい?」
「大事な人質だ。好き勝手するのは構わんが、傷はつけるんじゃねーぞ」
どこか殺意さえ篭った上司の鋭い眼光に、部下達は何度も首を上下に振る。
「丁重に扱います」
その返事に沸き起こる不快感を無理矢理胸の奥に押し込み、フェイはその場を立ち去る。
神官はあの青年一人ではない。
同じような扱いを受けるのは、ハクビだけではない。
そう、自分に言い聞かせるように、彼は結局体を休めることなく、次の仕事に意識を向けた。
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