lucis lacrima - 7-9
とある部屋の前を通ると、つい足を止めてしまう。
反乱軍の中隊長。実質、この神宮占拠の副指揮官となった男は、自分の横にある扉を見る。
厚い扉。嘗ては、……ほんの、3日前までは、毎日のように訪れた部屋。
その向こうには、小悪魔な性格をしたくせに、妙に初心で愛らしい若い神官が居るはずだ。
多分、自分の部下の誰かと一緒に。
猥らな声をあげて、男に犯されて喘いでいるのだろうか。
「…………」
フェイの心に、すっと何か黒い陰りが差す。
何故か、無性に誰とも分からぬ男が憎くなった。ズタズタに、引き裂いてやりたい程に。
馬鹿馬鹿しい。
フェイは黒いその塊を嚥下するように、深い溜息を吐いた。
許可したのは自分だ。今更、腹を立ててどうする。
何より、あの若い神官は憎むべき相手だ。気にかける必要など何処にもない。
気を取り直して歩き出すと、正面から一人の兵が歩いてきた。浮かれたような、軽い足どりで。
「あぁ、中隊長、お疲れ様です」
「あぁ」
名前に覚えはないが、他部隊に所属していたのは覚えている。
彼は笑顔の裏に下卑たものをチラつかせながら、尚も上司に話しかける。それに合わせ、フェイも仕方なく足を止めた。
「他にも神官を試してみましたが、此処のが一番若くて良いですね」
何がいいのか、それは男の顔で一目瞭然だ。
フェイはその顔が酷く穢れたもののように見えて、不快感も露わに兵を睨みつける。
それを忠告と取ったのか、彼は慌てて言い繕った。
「勿論、警備に支障がないように遊んでますよ」
「当たり前だ」
これ以上会話をしていると、自分の中の気付きたく無いことまで暴露してしまいそうで、フェイは男を振り切るように再び歩き出す。
何処に行く予定も無い。ただ、この場から早く立ち去りたかった。
不機嫌に去っていく上司を不思議そうに見送りながらも、兵は逸る気持ちのままに目的の部屋の扉を開けた。
「や、ぁっ!」
背後から微かに聞こえた覚えのある嬌声に、フェイは無意識に足を止めて振り返る。
だが、背後には何も無く、聞こえたのは重い扉が閉められる硬い音。
それっきり、声は聞こえなくなった。
「…………馬鹿だな」
元護衛は小さく呟いて、未練を断ち切るように、急ぎ足でその場を後にした。
← →
戻る