lucis lacrima - 8-1
大きな爆音が、鼓膜を揺らす。
束の間の休息を邪魔され、体が求めるままにベッドに横になっていたハクビは、静かに瞼を開けた。
相変わらず、体には何も身に着けていない。そんな気力もない。
ただ、嘗て馬鹿な男が置いていった、大切な夢の名残だけは、他の兵から隠すようにベッドの下に隠してあり、眠る時だけ腕の中に抱きしめていた。
今も、腕の中で皺だらけになって抱き締められている。
もう一度、爆音。何かを打ち砕くような、大きな、音。
顔を上げれば、微かな光が窓から漏れていて、光の加減で朝早いことが見て取れる。
何事だろう。
ボンヤリと疲れた頭で思考を回すが、どうにも自分の都合の良い答えしか出てこないので、苦笑いが漏れる。
つまり、王国軍の突入。片割れが、迎えに来てくれるかもしれない。と。
随分と利己的な考え方をするようになったな、と己を嗤い、ハクビは再びベッドに体を預ける。
もう、何も考えたくない。
疲れた。何もかも。
ただ、今は夢を見たかった。クロエや……あの束の間の護衛と過ごした、刺激的で、穏やかで、楽しい時間を、夢見ていたかった。
瞼を閉じた青年の安息を、再び爆音が邪魔をする。
否。爆音ではない。扉を乱暴に開けた音だ。
そして、音の主であろう人物は、荒い足音を立てて彼の方へ近づいてきた。
「おい、起きろ」
焦ったような男の声に、ハクビは瞼を閉じたまま耳を澄ます。
夢を見ているのだ。自分は。
もしかしたら、上司に朝早く呼ばれていたのかもしれない。寝坊したから、慌てて呼びに来たのだろうか?
「おい、ハクビ!」
今度は、はっきりと声が鼓膜を振動させた。
大声が耳に痛い。
眉を寄せて薄目を開け、青年は不機嫌な声を出す。
「煩い」
「あぁ、そうかよ。死にたくなけりゃ、さっさと起きろ」
「……?」
顔に疑問符を浮かべ、ゆっくりと起き上がる彼がもどかしかったのか、乱入者は細い腕を引いて青年の上半身を無理矢理起こす。そして、その白い裸体に着ていた上着を脱いで羽織らせた。
途中、自分が置いていった皺だらけになった上着を見つけて、一瞬、驚きに目を見張る。しかし、再び遠くで爆音が鳴ると、我に帰って再び青年腕を引き、強制的に立ち上がらせる。
着せた上着はその体格差のせいか、青年の膝上15cmほどまでしっかりと覆い隠し、絶妙な長さで下半身を隠している。袖も長く、手が完全に服の中に隠れてしまっていた。
「ちっせいな」
「お前が大きすぎるだけだ」
思わず漏れた男の呟きに、不機嫌な突っ込みが返る。
もしこれが何でもない状況なら、湧き上がる欲望のままに、男は青年を押し倒していただろう。
しかし、その露わになった膝は、疲労のためか頼りなく震えて今にも折れそうで、欲望よりも慈しみのほうがその胸を支配する。
痛ましい様子に眉を顰め、フェイは改めてハクビの顔を見た。
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