lucis lacrima - 8-2
若い神官の顔は厳しく、反乱軍となった元護衛を追及ような視線で見上げている。
「一体、何事だ。何故、お前が此処に居る?」
「……王国軍が突入してきやがった」
「それで、お前は俺をどうするつもりなんだ? 人質の確保か?」
「いや……逃げるんだよ」
「逃げる?」
続きを促す言葉に、男は罰が悪そうに視線を逸らした。
「神官の処刑命令が出てる。味方となるなら、よし。そうでなければ、殺せとな」
「…………俺は、お前達の仲間にはならない」
事実上の死刑宣告に、若い神官は眉を寄せつつも、自らの意思を告げる。
覚悟は出来ている。残していく片割れに対する罪悪感はあるが、だからこそ、彼を裏切るような事はしたくない。
「わかってるよ」
前にも聞いた、といわんばかりに、男は頷く。
そして、彼は捕虜に繋いだ鎖を外すと、睨み続ける神官に手を差し出した。
「逃げるんだ。ここから」
「……反乱軍はどうするんだ?」
「そんなもの、どうでもいい」
「どうでもいいって……復讐は? そのために、お前は今まで……」
「どうでもいい、つってるだろうがよ」
時間が無い、と男は言葉を遮り、差し出した手を乱暴に振る。
「俺と、来い」
訳がわからず、手を、男の顔を、青年は見比べる。
「一生、お前の護衛をしてやる」
真っ直ぐに、真剣な顔で。
まるで結婚の申し込みのような言葉に、ハクビは思わず笑ってしまった。
「馬鹿げてる」
本気なのか。本気でこの男は、所属する組織を裏切り、自分に国を裏切れと言っているのだろうか。
そんな事が、可能だと思っているのだろうか。
「人生、何とかなるもんだ」
男も笑って、もう一度手を振る。
ここで、この手を振り払い、国に殉ずる道もあるだろう。
場合によっては、生き残る事も可能かもしれない。
「ほら、早くしろ」
急かす男に、青年は返事もせず目まぐるしく考え込む。
この手を取った時点で、自分は、この男は、お尋ね者になるのは間違いが無いだろう。
どこか、遠い国に逃げられたら、もしかしたら、穏やかに暮らせるのかもしれないけれど。
多分、大陸に居る限り、それは難しいように感じた。
「ハクビ!」
騒がしくなる廊下に、男が声を荒げる。
焦っているのは、ハクビも同じ。
気が付けば、彼はフェイの手を握り、その肩に抱きかかえられていた。
細いが決して軽くはない体を抱き上げ、男は部屋を飛び出しかなりのスピードで廊下を駆け抜ける。
多分、今の衰弱した青年にはこのスピードに付いていけるだけの体力は無かっただろう。だからこそ、男は彼を抱え上げたに違いない。
不本意だが、仕方がないとハクビは大人しくそれに従った。
上下に揺れる視界は青年から喋る余裕を奪ったが、しかし振り落とされる不安は少しも湧かない。
しっかりと彼の体を支える腕が、離さないと主張するように、力強く体に食い込んでいた。
「しっかり捕まってろよ」
言葉に呼応するように、男の背にしがみ付き、隆起した肩に彼は身を預ける。
頭の中で、不安げな顔をした、もう一人の自分の姿が過ぎる。
(……ごめん、クロエ……)
胸の中で謝罪するハクビの心に、しかし後悔は微塵も無かった。
そして、その後はただ、この廊下の先に、光があることを切に願った。
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