lucis lacrima - 8-12

 胸がざわめく。

 それは締め付けるような痛みと、泣きたくなるような愛しさと、異常な程穏やかな絶望を混ぜたような不協和音で、酷く不安になる。

 自分の心のはずなのに、自分の感情ではない気がして、クロエは焦っていた。

 もしかしたら、片割れの身に何かあったのではないかと。

 そして、近道のため、普段ならば決してしない、眩しい太陽の光が降り注ぐ中庭に面した廊下へと飛び出した時、それは起こった。

「……、……ッ」

 ドクリ、と自分の中で何かが蠢く。

 深く深く仕舞いこまれたソレは、硬く閉じられた心の扉を打ち破ろうとざわめき、暴れる。

 それは、彼の持つ力の源。白く輝く、闇の塊。

 闇を呼び寄せ、操る為の餌。

「……だめ、だ……」

 クロエは中庭を渡りきると、物陰に身を寄せ、蹲って耐える。

 今此処で、力を放出するわけにはいかない。

 しかし、焦りとは裏腹に、塊は勢いを増して暴れ続ける。まるで、暴走しようとしているかのようだ。

「…………ハク、ビ」

 呼ばれた、気がした。

 大切な、今、最も求めている片割れに。

 汗の滲む顔を上げて、周囲を見回す。

 だが、周囲には誰も居ない。

「……ぁ、……ぅッ!」

 一際大きく塊が脈打つ。

 それは、己の片割れを見つけて歓喜しているような、喜びに踊るような、そんな奇妙な感情を彼に齎してくる。

 興奮している。自分の中に、とても大きな興奮がある。

「…………」

 クロエは、諦めたように瞼を閉じて、心の扉に手を掛けた。力を解放する時のように、ゆっくりと、集中して。

 駄目だ、と頭の端で誰かが警告する。だが、それ以上に、焦りと不安に溺れ続けていた青年には、力が齎すその喜びの感情が魅力的なものに思えた。

 警告を無理矢理意識の外に追いやって、ほんの少し、心の扉を開けた。

 途端、押さえ込んだ塊は自分の中から零れだし、引き寄せられるようにその一部をまるで手のように遠く伸ばす。

 暫く後、闇を薄く纏う青年は瞼を開け、安堵の溜息を吐いた。

 見つけた。

 大切な片割れを。

 生まれた瞬間に、二つに分かたれたもう一つの相反する自分を。

 クロエは立ち上がり、己の内の力が示す方向へ向かって走り出す。

 その胸を、奇妙な高揚が支配する。

 そして、彼の唇は、笑みの形に歪んでいた。


  
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