lucis lacrima - 8-3

 突撃へのカウントダウンを示す指が、一つずつ折られていく。

 それを、クロエは壁の影から見守っていた。

 十字になった通路の向かい側には、同様に身を隠す部下の姿がある。

 そして、彼らが見据える先。100m程の距離には、巨大な壁が見える。

 結局、二人は軍舎から神宮へ通じる通路を破って突撃する部隊に、合流することになった。

 無数に配置された兵達から身を隠して混じるには、此処しかなかったのだ。
 他の場所では、木々が壁に近すぎたり、隠れる場所がなかったりと、紛れることなど到底出来そうになかった。

 幸い、此処には一斉突撃の合図となる鐘を鳴らす兵もいて、タイミングが計りやすい。

 だが、他部隊の隊長が、見晴らしのいい場所で指揮を取っているのが見える。髪は……銀色。

 それは、クロエに緊張と安堵を同時に齎した。

 他の隊長に見付かると、総隊長への報告が早くなるだろうという緊張と、シラナギが相手でなかったことに対する安堵だ。

 クロエは今、いつものローブを羽織っていなかった。

 黒髪を外気に晒し、他の一般兵と同じような下級の軍服を身に纏っている。

 その方が、他の兵たちの目を欺けるだろうという思いからだ。事実、黒い髪は珍しくなく、クロエと同じような背格好の少年兵も僅かながら目に入る。

 チャンスは一度。

 突撃開始の数秒前に駆け出し、突撃と同時に中に入り込む。

 昇る太陽で徐々に明るくなる周囲が、闇に弱い体に対し、少しずつ見えない圧力をかけてくる。

 薄闇でこの状態だ。早く動いてハクビを見つけなければ、諸共反乱軍の刀の錆になりかねない。

 カウントダウンを示す指が全て折られ、鐘が高らかに鳴らされた。

 そして、壁に杭を打ちつける爆音が一回。

 クロエとルグスは一度だけ顔を合わせると、その爆音に紛れてゆっくりと、無言で歩を進める。

 残り50m。

 もう一度、爆音。

 扉が、壊れる。

 杭が退かされ、隊長の手が上げられる。

 同時に、駆け出すクロエとルグス。

「突撃!」

 高らかな声と共に上がる、兵達の激しい雄叫びと、無数の爆音のような足音。

 隊列が崩れたところで、潜入者達は身をやや屈めるようにしてそれらに紛れ込み、彼らを掻き分けるようにして中央へ身を捻じ込む。

 見付かる前に、完全に中に入ってしまわなければならない。

 焦りと緊張が胸を締め付け恐怖を齎すが、それを振り切るようにクロエは神宮の中へ入り込み、一人ハクビの部屋へと見知った廊下を駆け出す。

 もしかしたら、見付かったかもしれない。

 だが、制止の声は聞こえなかった……兵達の声にかき消されただけかもしれないが。

 ルグスなら、自分の身は自分で何とかできるだろう。後で合流すればいい。

 とにかく、今はハクビを探す事に専念する。



 昇り始めた太陽の光をその身に浴びながら、クロエはただ真っ直ぐに片割れ目指して走った。


  
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