lucis lacrima - 8-7
白く眩かった建物の壁は、たった数日で黒くくすみ、所々赤い斑模様へと変化していた。
それを苦い思いで眺めつつ、十字に交差する廊下を通りかかった際、視界の端に蒼い何かが掠めた。
何故かそれが気になり、シラナギは足を止める。
「どうしました?」
「……いや」
暫く悩んだ末、彼は今蒼い物が掠めた通路に向けて体の方向を変える。
確信は無かったが、あの鮮やかな蒼い髪が、いつも妙に突っかかってきたクロエの部下を思わせたのだ。
たとえ見間違いだとしても、反乱軍は鎮圧せよという命令だ。自分が向かっていた先には別働隊が居るはずだし、二手に分けて進路を変えたところで何の問題もないだろう。
「お前達はこのまま進んで鎮圧を続けろ。俺は向こうを見てくる。何人か付いて来い」
「え、しかし……」
突然の上司の命令に部下達は戸惑う。しかし、前衛隊長として俊敏な動きを見せる男は、返事を聞く前に走り出してしまった。
それを見て比較的早く立ち直った経験豊かな壮年の兵士は、彼らの隊長を追うよう動きの軽い若い兵二人に命令し、自分は残りの兵を引き連れ当初の予定通り足を進め出す。
駆け寄り自分に追いつく部下を確認し、シラナギは走る速度を上げる。
途中、何度か臥した反乱兵に出会い、疑惑が確信へと変わっていく。
明らかに少ない攻撃で致命傷を負わされたらしい、敵兵達。
急所を確実に突いていき、かつ致命傷を負わせたらそれ以上は攻撃しないという効率を重視したやり方は、クロエとその部下の得意とする攻撃方法だ。
目的のもの以外は、必要があれば排除する。必要が無ければ深追いはしない。たった二人で、敵の中心部だけを制圧して組織の崩壊を促す、彼らならではの戦闘方法といえる。
「…………やはりな」
不気味がる部下を尻目に、シラナギは溜息を吐いた。
間違いなく、あの青年は神宮内にいる。
会議の様子から、命令無視するだろうということは容易に知れた。恐らく、総隊長もそれを狙っていたに違いない。
事が済んだ後、命令違反を理由に彼を処分……もしくは降格させるつもりで。
青年を隊長にしたのは前の総隊長であるし、今の総隊長は彼が若いという理由で、それを快く思っていないことは周知の事実だ。
まして、戦争も終わった今、以前のように特殊な力を持つ彼を単独で動かす機会は明らかに減っている。
戦闘能力は確かに目を見張るものがあるが、力不足を考えると飛びぬけているわけではない。
尤も、クロエは降格や処分など、大して気に留めていないだろう。
元々、望んで軍にいる風ではなかったし、片割れさえ無事なら、自分の処遇がどうなろうと気にしない様子が今までの言動から見て取れた。
シラナギはそれよりも、あの光に弱い青年が、こんな日中に動いて倒れないかどうかが心配だった。
たとえローブを羽織っていたとしても、広い神宮を探し回って反乱兵と剣を交えながら動き回るのは、体力的に無理があるはずだ。
一歩間違えば、最悪の事態も考えられる。
恐らくあの部下も一緒だろうから、それほど急を要するとは思えないが、味方の数は多いに越した事はない。
「…………」
シラナギは倒れた敵兵の場所を確認しながら、大切な青年とその部下が進んで行った道筋を辿りはじめた。
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