lucis lacrima - 9-1
向かってくる敵は切り捨てる。
たとえ、それが王国軍であろうと、反乱軍であろうと。
自分の行く道の邪魔をするものは、全て、敵だ。
クロエは、神宮の廊下を悠然と、まるで散歩をするかのような足どりで歩いていた。
その手には、血塗られた長剣が未だ握られており、その顔はいつものような憂いを帯びた表情ではなく、愉しげな笑みで彩られていた。
無数の返り血を浴びた彼のその表情は、見るものに畏怖と戦慄を与える。
廊下で彼と向かい合った哀れな兵は皆、剣を掲げて立ち向かってきた。
震えながら、恐怖に顔を引きつらせて。
それは、動物の本能的……種の保存に基づく、絶対的な恐怖を排除する行為にも似ている。
決して、報われない、悲しい本能。
青年は兵に気付くと、長剣は使わず、空いた手で懐のスティレットを引き抜く。
向かってくる兵の剣を屈みつつ横に回って避けると、そのまま頭上に突き上げ兵の喉を突き上げた。
「…………」
それは、獲物を捕らえた捕食者の笑み。
躊躇いも無く引き抜いた剣へと縋るように、鮮やかに飛び散る命の水を浴びながら、青年は倒れる兵に見向きもせず再び歩き出した。
「ひぃっ……!」
それを見た別の兵が、実力の差を思い知り、猛獣に道を譲るように飛び退る。彼はそれには目もくれず、己の歩調で通り過ぎた。
片割れは、己の幸せを見つけ、己の為にその生を全うした。
けれど、自分は?
自分にとっての幸せとは何なのだろう。
……簡単だ。
ハクビと……もう一人の自分と共に生きる事。それが己の幸せだった。
片割れの居ない世界などに用は無い。
壊してしまう事に、何の未練も無い。
下手に遺して、後で自分が後悔する事の方が怖い。
とりあえず手始めに、自分と片割れを引き離し、自分に力を与えた元凶を壊してやろう。
復讐と……感謝の意を込めて。
クロエは廊下の先、不意に明るい光を見つけて真っ直ぐにそちらへ足を向ける。
敢えて日向に足を踏み出し、茂る緑の草を踏みしめて空を見上げ、目を細める。
頂点に昇った太陽の光を一身に受け、闇に愛された獣は心の底から湧き上がる歓喜を笑みへと変えた。
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