lucis lacrima - 9-3
手が、届かなかった。
蒼い髪の青年は、腹部を襲う痛みに絶えながら、絶望する。
大丈夫だと思っていた。
隊長の内に潜む闇に、自分は問題なく対抗できると思っていた。
それどころか、彼の心の闇を救えるのは、自分しかいないと自負していた。
彼は、視線だけを動かして己の上司が去った方を見る。しかし、既に視界から消えてしまっている。
実際はどうだ。
なす術も無く、自分は立ち尽くしてしまった。
挙句、この様だ。
立ち上がることもできず横たわる耳に、床を叩く靴底の音が聞こえてくる。
徐々に大きくなるそれは複数重なっていて、床に倒れる青年に警戒心を起こさせたが、傷ついた体は指一本動かす事も難しそうだった。
「……、……」
床に散らばる屍に、足音がピタリと止まり、息を呑む緊張が伝わる。
その中の一つがルグスに近づき、背に手を添えて抱き上げた。
ぐらりと動く視界に眉を寄せつつ、彼は己を抱き上げた人物に焦点を合わせる。
嫌悪する赤い色が、視界一面に入り込んで更に深く眉を寄せた。
燃える炎ような、人からあふれ出した血のような赤い豊かな髪が、幼い頃の嫌な記憶を呼び起こす。
「何があった?」
しかし、問いかけきた声がいつに無く動揺していて、妙に人間くさくて青年は記憶に対する嫌悪が失せて、代わりに心の中で愉快げに嗤った。
とはいえ、それをからかい無駄な体力を使う様な、時間的余裕など無い。
早く何とかしなければ、クロエが危ない。
急がなければ、あの青年は二度と戻ってこない気がする。
ルグスは重い口を何とか動かし、目の前の男に縋った。
「……隊長を、止めて……」
そして、ゆるゆると指先を青年が去った方向へ動かす。
本当は、自分が止めたかったけれど。
今はもう、他でもない、この男にしか頼めない。
← →
戻る