lucis lacrima - 9-4

 自分が事切れる前に出会えた幸運に感謝しながら、蒼い髪の青年は力を振り絞って唇を笑みの形に歪める。

「仕方がないから……クロエを、アンタに託すよ……」

「……そうか」

 赤髪の男は、一言そう返すと、直ぐに立ち上がって周囲の兵に指示を出す。

 負傷した兵を救護しろ、と。

 そして、彼は兵を連れずに、指刺された方へ走り出した。

 何人かの兵が、倒れた兵達に声を掛けている。

 その中で二人の兵の足音が、男を追いかけて行った。

 多分、その二人は戻ってこないだろう。

 妙な確信を持ちながら、ルグスは問いかけてくる無傷の兵に身を預ける。

 まずは、己の命の心配をするべきかもしれない。

「…………」

 出血はさほど酷くはないが、浅くは無い傷を認識しながら、彼は自嘲する。



 もし、クロエが居なくなったら、自分はどうするのだろう。

 あの青年が居ない軍に、興味など無い。

 いっそ、田舎に隠居でもしてみようか。

 赤い雨や鉄の匂いがする土のない、緑の木々と茶色い土と蒼い空のある場所で、静かに、平和に。



 幼い頃には考えもつかなかった穏やかな妄想に、ルグスは嗤う。



 随分と、あの青年に影響されてしまったようだ。

 戦場以外の村を、思い浮かべる事ができるなんて。

 最初は、ただ見張るだけの存在だったはずなのに。



 体が浮く感覚に、彼は薄く瞼を開く。

 簡易な担架に乗せられ、運ばれているようだ。



 どんな形でもいい。

 無事で……あの穢れない心さえ、無事で戻ってきてくれればいい。



 空から落ちてくる眩しい光に、彼は頭を動かす体力も無く再び瞼を閉じる。



 出来ることなら生涯、あの優しい青年の部下でありたいと、ルグスは強く願った。


  
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