lucis lacrima - 9-6
「……そうか」
シラナギは、そう短く返すと、青年を再び横たわらせて立ち上がり、ついてきた兵達に指示を出す。
負傷した兵を救護し、外に居る味方に援護を求めるように。
自分の足元で倒れる青年の傷は、出血が多いが傷は浅い。周囲に呻き声が上がるのを見ると、早く治療すれば、助かる兵も複数いそうだ。
そして、彼は一人、青年が指刺した方へ走り出した。
後ろから、二人分の足音が、追いかけて来るのが聞こえる。
「お前達は、戻って救護の支援に回れ」
面倒を見れる自信は無い。
クロエが暴走しているのだとすれば、尚更。
自分ですら、戻ってくるつもりがないのだから。
「そういうわけには行きません!」
「隊長にお供します!」
走りながら、警告のつもりで出した命令は、そう勢い良く返された。
シラナギは諦めて、それ以上彼らを突き放すことをやめる。
「…………」
死ぬぞ、とは言わなかった。
そんなもの、軍にいる以上覚悟しておくべきものだ。
だから。
「……死ぬなよ」
ただ、それだけを彼らに命令し、後は振り返ることなく己のスピードで廊下を駆ける。
そして、意識をこの先に居るであろう、クロエに向けた。
この先は一本道だ。先ほどの惨状の様子から見て、恐らくまだこの先の部屋から引き返しては居ないだろう。
この先は……神宮の、大広間。
天井がガラス張りになったそこは、普段は天井を開け放し、外の光と空気を部屋に取り込むようにしている。
反乱軍に占領された今はどうなっているかわからないが、光は変わらず室内に溢れているはずだ。
そう、クロエの苦手な光が。
シラナギは剣の柄に、確認するように手を添える。
いざとなったら、迷い無く青年を切れるように、己の心にその覚悟を刻み込む。
大丈夫だ。
たとえ何があっても、後悔はしない。
男は真っ直ぐに先を見据える。
閉じられたガラスの扉からは、眩い太陽の光が透けて廊下を照らしていた。
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