lucis lacrima - 9-7

 復讐は、思った以上にあっけなかった。

 途中でなぎ倒した敵兵に、首謀者の場所を聞き出し、この大広間に来た。

 道中邪魔も入った気もするが、正直あまり覚えていない。

 そして、広間の扉を開けたとき、数人の敵兵とその首謀者を見つけた。

 相手も驚いたのだろう。まさか、たった一人、しかもこんな若造が乗り込んでくるとは思わなかったに違いない。

 自分を見つめたまま微動だにしない彼らを、一人残らず床に沈めた。

 赤い池だまりの中で、クロエはやっと一息つく。

 ゆっくりと見上げた天井。開け放たれたそこから、傾きかけても尚眩い光を放つ太陽と、爽やかな冷たい風が流れ込んでくる。



 終わった。

 とりあえず、一つ終わった。



 ザワリ、と彼の足元に纏わりついた闇が蠢く。

 己を呼び出した人間ごと飲み込もうと、徐々に上へと昇っていく。



 そして、次が最期だ。



 クロエの思考に呼応するように、部屋の空気が一気に重くなる。

 闇が濃度を、密度を増して、その発動の時を今か今かと待ちわびて踊っている。



 まだだ。もう少し。

 もっと、もっと、闇を集めて。

 沈めるなら、一瞬だ。

 一瞬で、世界中の光を奪ってやろう。

 自分が、そうされたように。



 世界に、復讐する。

 世界を、絶望に変えるのだ。



 クロエは、嗤って両腕を広げる。

 闇を受け入れるように、闇を広げるように。



 ハクビに止めを刺した剣が、硬い音を立てて床に落ちた。



 何もかもが、消えてしまえばいい。

 そうして自分は漸く得るのだ。

 求め続けた安らぎを。

 もう、何も傷つけなくていい。

 何も、怖がらなくていい。

 何も存在するものの無い、理想的な世界を作るのだ。



 それが、俺の、幸せ。



 違う、と何かが叫んだ気がするが、それを無視して青年は更に闇の濃度を濃くする。

 解放の時を待ちわびた闇が、少しずつ位置を上へと上げていき、糧となる光を求めて天井から外へと漏れ出す。

 広間から見える太陽の光が、少しずつ侵されて飲み込まれていく。



 あぁ、もう少し。

 もう少しなんだ。



 うっとりと微笑んだ青年の耳に、扉の開閉の音が飛び込む。

 耳障りなそれに、彼は注ぎ込む力を中断して、そちらを見た。

 邪魔されては敵わない。

 そして、視線の先に立ちすくむ男を確認し、彼は嬉しそうに笑った。

「シラナギ」

「…………クロエ、なのか?」

「そうだよ。俺以外、誰だって言うの?」

 呆然と、まるで幽霊でも見たような顔で問いかけるシラナギに、クロエは嗤った。

 だって、自分以外、この顔をもつ人間など、もう居ないのだから。

「ハクビは、もう、死んだんだから」



 口に出した言葉に、クロエの心の底で必至に抵抗していた何かが、砕ける音がした、気がした。


  
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