lucis lacrima - 春祭11
目が覚めたとき、周囲はすでに真っ暗でクロエは飛び起きた。
今日は祭の警備がある。いつの間にか、うたた寝してしまったようで、周囲の明るさだけ見れば既に交代時間が過ぎていることは明白だ。
慌てて誰か探そうと起き上がる。そこで漸く、己がベッドに寝かされ、体にはシーツが掛けられていることに気付いた。
暗い部屋。周囲に目を凝らしてようやく、其処が見慣れた部屋だと認識する。見慣れた……シラナギの部屋だと。
「起きたか」
突然掛けられた声に驚きつつ声のした方を見れば、暗がりでもわかる赤い豊かな髪の男がソファから立ち上がり、こちらの方を向くところだった。
「シラナギ……警備は? 交代時間はとっくに過ぎてないか?」
「大丈夫だ。体調不良で代わってもらった」
「体調不良って……」
全然大丈夫では無いじゃないか。子供の仮病じゃあるまいし。そう心の中で突っ込みが入る。どう考えても、飲みすぎて酔い潰れた自分が悪いのに。
そんなクロエの気持ちを知ってか知らずか、シラナギはクロエの傍らに歩み寄ると目を凝らして顔色を伺ってくる。
「体調はどうだ?」
「……元気。ちょっと喉が渇いてるけど」
「そうか」
頷くと、シラナギはテーブルに置いてあった水差しを傾け、水を注いだコップをクロエに差し出してきた。
ありがたくそれを受け取り、クロエは喉の渇きを潤す。思った以上に焼けていたようで、立て続けに二杯、水を飲んで漸く一息つくことができた。
「二日酔いは大丈夫そうだな」
動きの軽い彼の様子に、シラナギはそう呟く。体調を聞いたのは、どうやらそういう意味だったらしい。
特に頭も痛くないし、酔いも醒めている。多分、それなりに酒に強かったのだろうと思うが、酔い潰れて仮病を使ってしまったのは良い飲み方とは言えない。
もっと勉強しないとな、と心の中で密かに思いながら、クロエは傍らに立つシラナギを見上げた。
「アンタも代わってもらったのか?」
「あぁ。お前一人残しておくわけにもいかないだろう」
当然のように頷くシラナギに、クロエは眉を寄せる。
「起こしてくれれば良かったのに」
「疲れていたようだったしな」
「…………」
クロエにとって昼間に疲れているのは当然で、夜になれば自然と動きも軽くなる。
確かに昨夜はシラナギと一夜を共にしたお蔭で寝不足ではあったが、動けないほどではなかった。
「そういえば、ハクビは?」
「俺達が軍舎に戻る時には、護衛と一緒に木の下に残っていたが……かなり出来上がっているようだったな」
「…………」
不安だ。出来上がったハクビなど想像もつかなくて、クロエは沈黙する。
だが、護衛が……あの男が一緒ならば、多分大丈夫だろう。
そう言い聞かせて、明日、日が昇ったら様子を見に行ってみようと心に決めながら、彼は今にも部屋を飛び出しそうな自分を納得させた。
今、部屋から出たら、シラナギの行為が全て無駄になるどころか、余計なトラブルを招きかねない。
軽く溜息を落として顔を上げると、ふと視界の端にキラリとした物が映った。
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