lucis lacrima - 春祭12
「……」
「どうした?」
惹かれて手を伸ばせば、手に馴染んだシラナギの髪の感触が有って、その光るものはヒラヒラと床へと落ちていった。
「なんか、付いてる」
床に落ちたそれを拾い上げると、それは小さな小さな一片の花弁だった。
花見の名残だ。
「頭振ったら、いっぱい落ちてきそうだな」
思わず穏やかな笑みを零したクロエに、シラナギは一瞬息を呑んで、同じく穏やかな笑みを浮かべた。
そして、頭を振る代わりに花弁に笑みを見せる、その頬に手を寄せて己の方を向かせる。
「シラナギ?」
触れるだけの、優しい口付けを唇に落とす。
いい大人のシラナギが柄にも無く、花弁に嫉妬した自分を誤魔化す為にしたそれは、クロエを驚かせるのに十分で、同時に彼の羞恥心を煽らせた。
「俺、そんな欲しそうな顔してた?」
「……いや」
真っ赤になって俯く青年が愛らしく、彼より二周り以上は立派な体格をした男は太く節くれ立った指をその黒い艶やかな髪に通した。
さらりと流れる手触りの良い髪。惹かれるようにそれにも口付けをして、シラナギは細い体を抱きしめた。
「クロエ、いいか?」
「……昨日も、しただろ」
昨日、求めたのは自分だけれど。
シラナギはクロエの曖昧な返答を右から左に流しながら、彼の腕を引いてベッドに組み敷く。
緩い拘束は、しかし真摯な瞳に縫いとめられて、クロエから抵抗する術を奪う。
「お前が、欲しい」
「…………」
真っ直ぐな言葉で請われれば、拒否など出来ない。
それくらいには、クロエの中のシラナギの存在は大きくなっていた。
思った以上に、酔っているのかもしれない。
シラナギは、己の下で露わになる素肌を前に思う。
小さな花弁に嫉妬するくらい。
目の前の青年の瞳に、己だけを映させたいと願うほどに。
真っ直ぐにクロエの瞳を見れば、不意に黒い瞳が逸らされて胸に蟠りを覚える。
赤い耳が、羞恥に耐えられなくなったのだと知らしめても尚、その黒い想いは消えるどころか膨らんできて、シラナギはらしくも無い悪戯心でその白い体を弄んだ。
「……や、シラナギ……」
胸の尖りや下半身の中心部を避けて、撫で、味わい、口付けを落とす。
もどかしい愛撫は熱を煽るだけ煽って、しかし慣れた体には今一歩快感に足りない曖昧な刺激になる。
クロエは一回り以上年上の男の、年甲斐無い苛めに身をよじり、抗議の声をあげる。
「……もっと……」
「もっと?」
「……いつもみたいに、ちゃんと触ってよ……」
「いつもみたいに、か」
乞われた男は口端を緩めながら、するりと下肢を撫でる。微かに震える体に更に笑みを深くして、シラナギは抱えあげた爪先に舌を這わせた。
「……んっ……」
「こういうのも、たまには良いだろう?」
獰猛な捕食者の眼差しが、獲物に嗤う。
いつに無く危険な薫りを漂わせるそれは、普段押さえ込まれた激しい感情が垣間見えるようで、クロエの奥深くに燻る熱に薪をくべる。
「……足りない」
腕を広げたクロエが不満を零す。
その腕の中に身を落とす男の情熱的な髪をかき抱いて、耳元に囁く。
「どうせなら、いつも以上に激しくしてよ」
男を煽ると、自覚しながら。
耳朶を食み、柔らかなその肉を口腔で転がして遊んだ。
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