lucis lacrima - 春祭3
立ち上がり呆然と呟くクロエに、ハクビは抱きついて再開を喜ぶ。そして、笑顔で説明した。
「護衛がついたことだし、今年は祭に来ようかなって。
詰め所に居ないから、探したんだよ?」
「ごめん。来るとは思わなくて……」
「いいんだよ。こうして会えたからね」
触れ合う場所から体がすっと軽くなる。
それを実感しながら、クロエは漸く目の前の自分が幻でない事を認識し、笑顔を見せた。
「ったく、人探しさせられるわ荷物持ちさせられるわ、溜まったもんじゃねーよ」
ブツブツいいながら高台を上がるフェイの声に、ハクビが振り返る。
「俺より体力あるんだから、それぐらい何とも無いだろ?
それより何? 俺の護衛は、そんなものも持てない位か弱いわけ?」
「てっめぇ」
「ハクビ……」
相変わらずの言葉の掛け合いに、クロエは苦笑いしか浮かばない。
そして、先ほどまで一緒に座って寛いでいた男が立ち上がるのに気付いて、改めてシラナギの方を向いた。
「シラナギ、俺の双子の片割れのハクビ。で、こっちがその護衛のフェイ」
クロエの紹介に、ハクビが笑顔を向ける。フェイは軽く頭を下げただけで特に何も言わなかった。
「宜しく。クロエの同僚?」
「うん。そんなところ」
「シラナギだ」
そして、シラナギも二人に笑みすら見せず無愛想に名前を告げる。
もう少し、サービス精神があればいいのに、そう思いながらも、クロエは何も言わなかった。
「おい、ハクビ。これ、どうすんだよ」
「あぁ、そうだ」
フェイが手に持った荷物を掲げて問えば、ハクビが笑顔のままクロエに誘う。
「花見しようと思って、色々買って来たんだよ。
ここ、丁度良い場所だし、お花見しようよ」
「えっと……」
シラナギを見上げれば、彼は穏やかな眼差しでクロエを見返し、頷いた。
「俺は詰め所に戻ろう」
「予定が無いなら、シラナギさんもどうぞ。
クロエの話とか聞きたいし」
「ちょ、ハクビ」
「だって、俺、クロエの話しか聞いたこと無いもん。
他の人から見たクロエとかも知りたいよ」
ね。とクロエと同じ顔で笑顔を向けられ、シラナギは戸惑いつつもついつい頷いてしまう。
顔に惚れているわけではないが、やはり同じ顔で強請られると強くは出づらいものだ。
「お肉とかお魚とか……ラスクもあるし、酒もあるよ」
「酒は……夜から仕事だし」
「全く駄目?」
小首を傾げて問われ、クロエは言葉に窮す。
シラナギが横から助け舟のように口を挟んだ。
「別に、泥酔しなければ問題ない。特に規定もない」
「だけど……」
正直、酒など飲んだことが無い。
祝い酒だなんだと戦時中はよく周囲が飲んでいたが、若いことと人嫌いもあってその中に入ったことは無い。
祭でも毎回待機中はこんな感じで人を避けていたし、結局、今の今まで飲む機会なく来てしまったのだ。
「大丈夫だよ。俺、弱くないし。一杯くらい試してみてもいいと思うけど」
「う、ん……」
「何かあったら、俺が上には言っておこう」
「……わかった」
ハクビとシラナギの勧めに、クロエは不安げな表情で首をゆっくりと縦に振った。
← →
戻る