lucis lacrima - 春祭4
満開の春の木の下、散り行く花を眺めながら酒を傾ける。
「ほら、まだいけるだろ」
いいながら、フェイが酒瓶を傾けてくる。
クロエは笑って、空になったコップを差し出した。既にフードは頭から落ちていて、黒い艶やかな髪が木陰の光にきらめいている。
隣では、シラナギとハクビが互いに酒を注ぎあっている。
「きれーだね」
クロエの肩に、ハクビの肩が圧し掛かる。少し酔っているようだ。
その重みを心地よく感じながら、クロエはふんわりとした気分で頷く。
「昼間っから酒開けてるからじゃねーの」
横から茶々を入れるようなフェイの言葉に、ハクビは上体を起こし、フェイに突っかかるように前のめりになりながら眉をハの字にして口を尖らせた。
「お前と一緒にするなよ。風情ってもんがあるだろ。風情ってもんが!」
「あぁ? まぁ、花見ながら酒ってのは今しか出来ねぇ事だけどよ」
フェイにとっては、正直花見よりも、こうして会話しながら飲む方が楽しいのだ。
特に、気を張っている神宮での生活を離れて、気の置けない相手と……たとえ二人きりで無くとも……軽口を交し合いながら飲めることが、何よりも楽しい。
が、それを言うのも癪で、ただハクビの言葉に口を濁して誤魔化した。
ハクビの言葉に同意しているのか居ないのか、なんとも素直でない彼の言葉にクロエは思わず唇を歪ませる。
ふと隣を見ると、同じようにシラナギも笑みを零していて、クロエは更に気分を良くした。
「シラナギ、楽しい?」
「あぁ」
お前は?と問いかける視線に、クロエはにっこりと笑顔で答える。
普段ならば絶対にないその笑顔を、シラナギは眩しい思いで眺める。
まるで、春の花だ。夢か現か、きっと良いが醒めたら消えてしまうであろう儚い花。
気がつけば、ハクビたちが持ってきた沢山の酒も、半分以上消えていた。
「随分と飲んだね。結構持ってきたのに」
「大した量じゃねーだろ」
「ワクと一緒にしないでよ」
相変わらず軽口が耐えない二人に、クロエは笑いが止まらない。
「でも、そろそろ止めないと、夜に影響でるかも」
まだ飲みたい気はするが、如何せん、初めての飲酒だ。大事を取って控えておこうと思い言えば、隣でシラナギがポツリと呟きを漏らす。
「……もう少し、いけるんじゃないか?」
確かに、クロエの笑顔は増えているが、さほど酔っているようには見えない。
焦ったクロエがシラナギに抗議する前に、手にしたコップにナミナミと酒を注がれる。
見れば、酒瓶を手にしたハクビが天使のような笑顔で飲酒を促している。
「まぁ、諦めろや」
ぽん、と気軽に肩を叩くのは、その護衛のフェイ。見上げると、やはりこちらも満面の……悪魔のような笑顔。
救いの手は無い。
意外とあっさり諦めたクロエは、欲求のままそのコップに口をつけて、酒を傾けた。
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