lucis lacrima - 春祭5

 春が降ってくる。

 ヒラヒラ、ヒラヒラ。

 綺麗な白が、決して解けない、だが儚い白が、ヒラヒラと降ってきては足元の緑を華やかに彩る。



「フェイ、飲み足りないんじゃないの?」

 ほんのりと頬を染めたハクビが、完全に座った目で己の護衛を見上げる。その手には、酒瓶と、半分ほど酒の注がれたコップがあった。

 かなりの量を開けている筈だが、まだまだ素面に近いフェイは、それを危なげに見ながらコップを掲げる。

「ちゃんと飲んで……ってこら、勝手に注ぐな! 酒を混ぜるな!」

「いーじゃん、どうせ安酒だし。この方が美味しいかもよ?」

「てめー、人事だと思いやがって……この酔っ払い神官め」

 甘い酒と辛い酒を混ぜて、美味しくなるとは思えない。

 しかし、フェイのぼやきにハクビは益々目を据わらせて彼を睨み上げた。

「何? 俺の酒が飲めないっての?」

「しかも、怒り上戸かよ」

「なーにー? きこえなーい」

「何も言ってねーよ」

 これ以上付き合ってられるか、とフェイは混ぜられた酒を苦虫を噛み潰した表情で煽る。

 とっとと片付けて、新しく酒を注がないと、余計に変なものを混ぜられそうだ。

 護衛のいい飲みっぷりに機嫌を良くしたハクビは、次は何を飲まそうかと、散らばる酒瓶を物色しだした。



 春が降ってくる。

 ヒラヒラ、ヒラヒラ。

 明るい太陽の光に反射して、キラキラ、キラキラ。

 今にも霞んで消えそうなのに、掌に当たるとほんのり暖かいような気がする。



「綺麗だね」

「そうだな」

 シラナギの膝に頭を預けて、横になったクロエは無邪気に笑う。

 シラナギは、それを慈愛の表情で見下ろして、手触りの良い髪を大きな手で梳くように撫でている。

 時折舞い落ちた花びらが髪に当たって、青年の黒い髪に彩を添えていた。

「なんか、こんなに楽しい祭は初めてかも知れない」

「…………よかったな」

「うん」

 見上げた男の髪に、白い花弁が幾つもついていて、いつもよりほんの少し、深紅の情熱的な髪が柔らかい色に見える。

 それを楽しげに見上げながら、クロエは手を伸ばしてシラナギの髪を一房、手に取る。

「長いね。邪魔じゃない?」

「いや……特に気にした事はないな」

 少し硬い髪は、見た目ほど柔らかさは感じない。だが、その方がこの無骨な男らしくて、クロエはその感触を手の中で楽しんだ。

「アンタの髪の色、俺、好きだよ」

「…………」

 不意を付く告白に、シラナギは一瞬返答に窮する。

「……そうか」

 ポツリと漏らす逸らした視線の横、赤い髪に隠れた耳朶がほんのり色づいていて、クロエは笑みを深くした。

 そして、彼は瞼を閉じると、街と、そして隣の二人の喧騒を楽しむ。

 日は頂上をとうに過ぎ、地上へと沈みつつある。

 徐々に冷えていく空気に温もりを求めるように、クロエはシラナギの足に頬を擦りつけて深い安堵の息を吐いた。


  
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